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ハイナー・ミューラー/ザ・ワールド

1 :名無しさん@公演中:03/10/22 19:28 ID:BE0EOAhE
今週末から一作目公開。
通し券買った人いますか。

2 :買ったよ。:03/10/24 16:47 ID:cLAHLMWz
あなたはエライ。2ちゃんねらーの馬鹿どもには相手にしてもらえんだろうが。

ひょっとして関係者だったりして。

3 :1:03/10/26 01:15 ID:tt75IqT5
>>2 制作の一人は知り合いですけど、関係者なわけじゃありませんよ。
自分自身このスレへの反応のなさにちょっと驚いています。
ていうかみんな「ハムレット・マシーヌ」とかみようよ。
私も通し券予約したので今日シンポジウムと「ハイナーミュラーミラー」
観に行きます。
とりあえず今後は十一月中旬以後の本格的になったころに期待。


4 :名無しさん@公演中:03/10/26 01:57 ID:lBrzfwQN
千賀ゆう子ユニット観てきたよ。
映像入れてたけど、あんまり効果的ではなかったな。
半分くらい真っ暗なとこに投射してるから見えねえし。

あとシンポジウムの案内に、内野儀が「(日本の演劇は)蜷川幸雄を筆頭とする商業的大衆芸術と
シベリア少女鉄道を筆頭とするオタク的小劇場演劇に二極化」って書いてたけど、んなこたあない
と思うのはオレだけか?

5 :TA:03/10/28 04:27 ID:urPl0kEU
凄い!ハイナー・ミュラー/ザ・ワールドのスレがあるなんて。
えんぺや2chには全くと言っていいほどに縁遠い存在なのに・・。
立ち上げた人、本当に凄い!
でも、ココを見ている人で何人の人が見にいくのだろうか。
個人的には、後半の劇団が楽しみ。


6 :名無しさん@公演中:03/10/31 02:50 ID:Ejwc8iSG
やっぱあんまり進まない。
ココの人たちには何か書きこむにしても、ハイナー・ミュラーは難し過ぎると思う。
悪口も言えない。
というよりどうでもいい存在の平田オリザは知っていても、ハイナー・ミュラーの名前さえ知らないと思われ。

7 :名無しさん@公演中:03/11/06 21:31 ID:2NkIvwib
遅ればせながら公式サイト。

ttp://www.at-net.biz/hmw/

8 :名無しさん@公演中:03/11/07 13:53 ID:Ru5ZlOic
面白そうだが、とうてい全部をチェックする余裕はない。
「ハムレット・マシーン」を複数観たいけど……うーん。

9 :名無しさん@公演中:03/11/13 02:02 ID:4DUhbAID
通し券は安くなってるぞエ。

10 :名無しさん@公演中:03/11/17 03:50 ID:MQHnh/lc
明日からまた始まるヨー。

11 :名無しさん@公演中:03/11/19 20:20 ID:37wqvW4N
1です。昨日「ハムレットマシーン」みました。
アフタートークの時そういった質問の声もあがっていたけど、
テキストが「ハムレットマシーン」である必要性があるのかと思った。

12 :あげとく?:03/11/21 01:06 ID:YaPD+JvJ
私もみました。
アフタートークで「何もなかった」みたいなこと言ってる人がいたけど、
よく恥ずかしげもなく言うな、と。
表現なんてどんなものでも送り手が投げた情報を受け手の中で展開させてるわけで、
「何もなかった」って、「私は想像力ゼロです」って公言してるようなものでしょ。
作品がつまらなかったことの全責任を送り手に押し付けるって発想自体がちょっと時代錯誤。
しかも、場の空気をいたずらに気まずくしてるだけだし。どういうんだろ、ああいうの。
あ、別に関係者じゃないですよ。ただの一観客。念のため。

13 :名無しさん@公演中:03/11/22 01:11 ID:t/r+WFCo
今週発売の週刊SPA!に
ハイナー・ミュラー/ザ・ワールド紹介されてたね。
コンビニで立ち読みしてて驚きますた。



14 :11:03/11/22 06:34 ID:HVri5wXV
私も念のため言っておきますけど、つまらなかったわけじゃ
ありません。面白かったですよ。

15 :名無しさん@公演中:03/11/23 03:32 ID:0EkLz2NW
SPAはある意味凄いよね。エライ!他の軟弱な出版社とは違う。
ちなみに私も「新人類人猿」観ましたよ。
私的にはあのアイディアいっぱいに頭が下がりました。
金沢万歳って感じ。
ただ、いっぱいあったけど、イマイチ深くは感じられなかった。
あくまで印象です。

16 :名無しさん@公演中:03/11/27 05:00 ID:NH4s0baY
うずめ劇場、見に行きたかったのに見にいけなかったヨー。

17 :名無しさん@公演中:03/12/01 01:33 ID:3wW/UmmU
おお、こんなスレあるんですね〜
日本の前衛劇を代表してageますが、所詮オナニーなんではと思ってすまう。

18 :名無しさん@公演中:03/12/03 06:07 ID:5wyzJYlJ
>>17はハリウッド映画しか見ていないだろ。
他のを見ても楽しめないだろ。
正直言ってみろ。

19 :名無しさん@公演中:03/12/04 01:58 ID:fcDak3Z3
あげたる。
「こちらエレクトラ」というフレーズには正直感動した。
しかも海の底。
最強。

20 :名無しさん@公演中:03/12/05 05:57 ID:FNXYah/v
ちと辛かったhmpと自動焦点。

21 :名無しさん@公演中:03/12/05 06:25 ID:lqXKt26h
http://homepage3.nifty.com//coco-nut/
あんたいやらしいよ

22 :名無しさん@公演中:03/12/06 01:50 ID:W80oZ0J/
>>20
どう辛かったの?

地方在住の為、見に行けず。
激しく気になります。

23 :名無しさん@公演中:03/12/07 00:14 ID:lV6m3yil
思うんだけど、このスレの有志でオフ会しませんか。
どうでしょう。最後のシンポジウム終わった後新宿で。

24 :名無しさん@公演中:03/12/07 00:20 ID:qr4Ue/DN
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25 :名無しさん@公演中:03/12/07 00:50 ID:IuGAlHg2
それは最低何作品見てたら参加可なんすか?
いや、ひやかしですけどね。

26 :名無しさん@公演中:03/12/08 05:10 ID:Eomw4Eqn
勿論全部れす。(ウソ)
でも本当に集まれたらageな気がするけど、所詮2ch。


27 :名無しさん@公演中:03/12/08 17:11 ID:EOlghguL
H      H  M      M         /  W            W
H      H  M M  M M        /    W   W W    W
HHHHHHHH  M  MM  M       /     W  W  W   W
H      H  M   M   M      /       W  W   W W
H      H  M      M     /        WW     WW
H      H  M      M    /          W      W

28 :名無しさん@公演中:03/12/10 00:29 ID:197f+LMh
ちゃねらーでしかも重度の演劇ヲタ。
集まることが許されていない人種。
生きててごめんなさい。

29 :駿ちゃんも言ってたじゃないか:03/12/10 15:32 ID:XuEe3jaI
イ`

30 :sage:03/12/11 01:03 ID:EhRwgJN3
いきつくとこまでいった人種のつどうスレはここですか?

31 :名無しさん@公演中:03/12/12 03:31 ID:4oPv6mJ1
明日から始まるぞー、楽しみ。
話題の韓国の[ハムレットマシーン]あれだけ西堂行人が誉めているんだから、きっと・・。
期待いっぱい。
だけど面白くなかったらどうしよう・・。

32 :名無しさん@公演中:03/12/12 16:29 ID:X4VJGpkK
チャンパね。名古屋にも来るよ。しかも円形劇場に。こちらではあんまり話題にはなってないけどね。
ヨーロッパ企画と日程かぶってるし。微妙…。
韓国でロングランやってたぐらいだから、きっと面白いよ。おれも期待いっぱい。
地の利がちがうから評価は分かれるかもね。

33 :名無しさん@公演中:03/12/13 01:10 ID:J9fuStM6
今日みてきたのは木戸游児さんの演出の題わすれた。
ハイナー・ミュラーは初めていきました。
サブカル系のばかりみていたので新鮮だった。
役者は素人臭かったけど。

34 :名無しさん@公演中:03/12/13 04:28 ID:hQTm/8GM
来週から神楽坂でメディアマテリアルを公演します。今さら全然だなと感じるところばかり、自分の人間の小ささには本当に反省します。でもいい作品になってると思いますので是非見にきてください。

35 :名無しさん@公演中:03/12/13 06:09 ID:agGlOQG2
>>34はどこの劇団?

今日、私目はチャンパを見て来ましたよ。
大変オモシロウございました。
お客もそこそこ入っていました。
今回のフェスでやっぱり一番かと思われ。


36 :名無しさん@公演中:03/12/14 00:47 ID:X+EJW6dB
チャンパ、悪くはないけど・・イマイチでした。

37 :名無しさん@公演中:03/12/14 23:34 ID:agOZmgyH
モーゼルとかいうのとn−1とかいうのは全然ダメだった。
モーゼルは客が笑ってたけど、何がおもしろいのか理解できなかった。

ちょっとフェス関係者にきいたけど、
このスレッド、関係者の間で噂になってるらしいですよ。

ということでage

38 :名無しさん@公演中:03/12/15 03:26 ID:lDG5ebSu
そりゃそうでしょうよ。このスレを立ち上げようとした人は本当に凄い。誉めたる。

39 :名無しさん@公演中:03/12/15 07:40 ID:xjiL/QuP
ハイナーミュラーはhmpがすごい。
近畿大学出身劇団

40 :名無しさん@公演中:03/12/15 11:46 ID:VRAOOv/E
モーゼルは内輪ウケでしょう。
「わかりやすく、たのしく」という熱意は買うが、そもそも表象のそうした方向性の危険性(ナチスの頽廃芸術展などを参照)が言われてる今、敢えてやることではないね。
佐藤信さんはどういう立場で関わったのだろう。

41 :名無しさん@公演中:03/12/15 18:59 ID:aGJ5gkxQ
今日一日開けてまた明日から始まりますな。
水木の二日は、公式hpのbbsで批判も出ていた最後の3団体重なり公演ですな。
皆さんご報告をなにとぞよろしくお願いいたします。

42 :名無しさん@公演中:03/12/16 02:27 ID:XDXOG9Z3
>>39hmpのどこが凄いの?
俺には全くダメだった。
演技がとにかくアマイ。
学芸会そのものだった。
頭を抱えてしまったよ。

43 :名無しさん@公演中:03/12/16 10:39 ID:seprL/B5
http://orika.ojiji.net/

44 :名無しさん@公演中:03/12/16 13:58 ID:w1oOfbx+
ホメは公式bbsに書き込み、批判はココに書き込むってカンジになってますね(笑)
まー他にもハイナー・ミューラー系の掲示版ってきっとあるだろうし(ある
のか?!)、そーゆートコは見てないから全体としての傾向は解かりませんが。

45 :名無しさん@公演中:03/12/16 19:16 ID:il80o6FJ
ちょっとまとめてみました。

ホメにしろ批判にしろ、ココに鑑賞後の感想が書き込まれた団体↓
千賀(せんが)ゆう子Unit
劇団新人類人猿<金沢>
演劇崇拝◎自動焦点
hamlet machine project<大阪>
Mauser銃調査団
東京(n-1)
劇団滄波<韓国>

逆にココではまったくスルーされた団体↓
うずめ劇場<北九州>
錬肉工房
Agua Gala
笛田宇一郎演劇事務所
楽園王
七ツ寺Produce<名古屋>

46 :名無しさん@公演中:03/12/16 19:18 ID:il80o6FJ
逆にココではまったくスルーされた団体↓
うずめ劇場<北九州>
錬肉工房
Agua Gala
笛田宇一郎演劇事務所
楽園王
七ツ寺Produce<名古屋>

47 :名無しさん@公演中:03/12/17 03:14 ID:1W5X1DQM
えんげきのぺーじとやらにも批評が少しはあるねー

48 :名無しさん@公演中:03/12/17 03:16 ID:aOPHvypM
えっ、笛田宇一郎演劇事務所と錬肉工房はとっても面白かったよ。
うずめ劇場はは、ちょっとだったけど・・。


49 :名無しさん@公演中:03/12/17 09:58 ID:9t/WXL91
>>48
45=46は新手の煽りだから乗るな。
それか多分、そのスルーされてるどれかの関係者だと思われ。

50 :名無しさん@公演中:03/12/17 17:05 ID:uolFRvWY
ちょっと改訂してみました(冒頭黒丸が改訂部分)。
あ、もちろん現在公演中、これから開演の団体は外してあります。

ホメにしろ批判にしろ、ココに鑑賞後の感想が書き込まれた団体↓
千賀(せんが)ゆう子Unit
劇団新人類人猿<金沢>
●うずめ劇場<北九州>
●錬肉工房
演劇崇拝◎自動焦点
●笛田宇一郎演劇事務所
hamlet machine project 近畿大学 <大阪>
Mauser銃調査団 東京学芸大学
東京(n-1)
劇団滄波<韓国>


51 :名無しさん@公演中:03/12/17 17:06 ID:uolFRvWY
逆にココではまったくスルーされた団体↓
Agua Gala
楽園王
七ツ寺Produce<名古屋>


52 :名無しさん@公演中:03/12/18 02:12 ID:h4GsqwG/
Agua Galaは見れなかった。
楽園王は前見たオリジナル作品よりずーと良かった。
七ツ寺Produce<名古屋>は演技が気になった。やっぱり名古屋あたりだったらいいかもと差別発言。
東京(n-1)はシロウト臭くてダメ。


53 :名無しさん@公演中:03/12/18 06:28 ID:WzlXanQu
楽園王は出演者がキモイ人ばかりで引いた。
男はオタク、女は如何にもオタ好みな童顔ブサor女子プロ系

54 :名無しさん@公演中:03/12/18 13:09 ID:yZm0kyUj
つーコトは公演終了団体でココで鑑賞後の感想がアガってないのはAgua Galaだけか。
各回満員になったとして全部で200人しか観てないワケだからなぁ。
まぁその点は他団体も似たようなものなのかもしれんが。

55 :名無しさん@公演中:03/12/18 14:10 ID:dPQ/2pQZ
>>53 主宰からしてオタク(マクロスファン)だからしょうがないです。
通常の公演は知り合いでもないのに観に行く人はいません。
ブリコラージュ、スパイラルムーン、バルウゼロ、コテンパ長屋といった仲良し劇団の関係者が
観に行きます。仲良しグループの強力な輪の中で恋愛関係もぐるぐるまわっています。

楽しそうですね。

56 :名無しさん@公演中:03/12/18 14:27 ID:ERVZUF4N
このスレッドも微妙に盛り上がってきましたね〜
交差点企画は観にいけそうにないんで行った人の感想きぼんぬ
北京は売れてないエンタメ系の劇団のようだった・・・。
57はどうよ?

57 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:26 ID:ZNWlE/fb
以下個々の感想のマトメ。

58 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:27 ID:ZNWlE/fb
千賀(せんが)ゆう子Unit
>>4映像入れてたけど、あんまり効果的ではなかった。半分くらい真っ暗な
   とこに投射してるから見えねえし。

59 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:28 ID:ZNWlE/fb
劇団新人類人猿<金沢>
>>11>>14テキストが「ハムレットマシーン」である必要性があるのかと
      思った。(でも)面白かったですよ。
>>15アイディアいっぱいに頭が下がりました。(でも)イマイチ深くは
   感じられなかった。


60 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:29 ID:ZNWlE/fb
うずめ劇場<北九州>
>>48ちょっと(面白かったよ)。


61 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:30 ID:ZNWlE/fb
錬肉工房
>>48とっても面白かったよ。


62 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:31 ID:ZNWlE/fb
演劇崇拝◎自動焦点
>>20ちと辛かった。


63 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:32 ID:ZNWlE/fb
笛田宇一郎演劇事務所
>>48とっても面白かったよ。

64 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:33 ID:ZNWlE/fb
楽園王
>>52前見たオリジナル作品よりずーと良かった。
>>53出演者がキモイ人ばかりで引いた。


65 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:34 ID:ZNWlE/fb
七ツ寺Produce<名古屋>
>>52演技が気になった。やっぱり名古屋あたりだったらいいかもと差別
発言。


66 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:40 ID:j6o9IIeu
hamlet machine project 近畿大学 <大阪>
>>20ちと辛かった。
>>42全くダメだった。演技がとにかくアマイ。学芸会そのものだった。
頭を抱えてしまったよ。

67 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:41 ID:j6o9IIeu
Mauser銃調査団 東京学芸大学
>>37全然ダメだった。客が笑ってたけど、何がおもしろいのか理解できな
かった。
>>40内輪ウケでしょう。「わかりやすく、たのしく」という熱意は買う
が、そもそも表象のそうした方向性の危険性(ナチスの頽廃芸術展
などを参照)が言われてる今、敢えてやることではないね。

68 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:42 ID:j6o9IIeu
東京(n-1)
>>33新鮮だった。役者は素人臭かったけど。
>>37全然ダメだった。
>>52シロウト臭くてダメ。


69 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:43 ID:j6o9IIeu
劇団滄波<韓国>
>>35大変オモシロウございました。今回のフェスでやっぱり一番かと
思われ。
>>36悪くはないけど、イマイチでした。


70 :名無しさん@公演中:03/12/18 15:48 ID:j6o9IIeu
以上。

題名、団体名、演出家名などがまったくなくて、どこの感想か解からない書き込み↓。
(全部観てる人にはわかるんでしょうけどねー)

>>19あげたる。
「こちらエレクトラ」というフレーズには正直感動した。
しかも海の底。
最強。

71 :しゃぁねぇなぁ:03/12/18 22:27 ID:48FTWm/+
じゃ、俺が感想入れるよAgua Gala。

ハッキリ言って苦行でした。
何がしたいのか、何を見せたいのか、意図が曖昧。
1人の半裸の男性が自分の肉体をひたすら誇示してるだけ。
ああいうのをホントのオナニーと言うんだろう。
それとも何か理論的背景でもあるのかね。
誰かわかる人は解説してくれ。

72 :名無しさん@公演中:03/12/19 23:54 ID:CMTiHzlo
木曜日にContre-Attaque Projet観てきました。
いいんじゃないか。よかったんじゃないか。
しかしそれよりもなによりもギチギチの超満員だったのにはたまげた。
まー狭いところ(die pratze)ではありますけどねー。


73 :名無しさん@公演中:03/12/20 01:11 ID:rTFhs2ci
中国はどうよ。
どこがHM?

74 :1:03/12/20 21:35 ID:lPJcViIe
どうも1です。久しぶりにこのスレみたら書き込みが多くなってて驚きました。
なんかほめてもらってありがとうございます。
いま本気で最後のシンポジウムの時、このスレをたてたのは私だと名乗ろう
かと考えてます。然し、そんなことをしてどうなるという気もするが(ワラ

75 :名無しさん@公演中:03/12/21 00:09 ID:Hvxe54AS
名乗ったらよいのでは?しかし、シカトされそう。
頑張ってくらはい。
その日は、前衛演劇の大御所OM−2の日。
客も自称知的なヤツらが多そうだし・・。

76 :名無しさん@公演中:03/12/21 03:07 ID:LRNEmNYK
>>1>>3>>11>>14>>74
おお、>>1さん登場。
しかし>>1さんのスレ立て意図や>>23さん(「オフ会やろう!」って言った人ね)の思惑
とはカナーリ違ったスレに育ってしまったものと思われ。
>>1さん>や>23さんはなんというかもっとこうアカデミックな論議が活発に闘わされ
ることを望んでたんじゃないかと思いますんでねー。

77 :名無しさん@公演中:03/12/21 08:16 ID:22S1uKJo
>>72ですが、Contre-Attaque Projetの“Tractor/tropus”の最後に
出てきた、むちゃくちゃパンチのキいた様子の男性も、ちょろっと2chに言及
してましたよ。
石原慎太郎もブッシュも2chもコイズミも(下らなさにおいて)等価だ、みたい
な有り勝ちな文脈で持ち出されただけですが。



78 :名無しさん@公演中:03/12/21 10:48 ID:+5OnSKLV
1さんぜひ名乗ってください。
関係者もここをけっこう見てるらしいですから

79 :名無しさん@公演中:03/12/21 15:35 ID:Aq9z9BW/
この土日は休みなんだよね、この催し。
てことは公演終了団体(てかもう二つを除いて全部終了してるが)でココに感想が
upされてないのは玉川大学の交差点企画だけか。
参加団体中唯一それと名のってココにも公式bbsにも告知の書き込みをした団体なん
だし、観た人は誰か何か書いて下さいヨ。


80 :名無しさん@公演中:03/12/22 12:14 ID:zY/3iHJm
何でそんなに1をあがめてるんだ?
2chって軽蔑の対象にこそなれまちがってもいい印象はないんだから
名乗るなんてありえないだろ。

それとも、何、1をまんまと陥れて恥をかかせたいのか?

だいたいこんなところでアカデミックな議論が展開すると期待してる方がおかしい。
1はもちろんそんなことは期待していなかっただろうが。

81 :はいな村:03/12/22 17:22 ID:lO1YfY6T
明日のシンポジウムに行きたいのですが、時間がなくて行けません。
どなたか行く予定の方、行った方、どんな内容か
また感じられたことなど、何でも結構ですから教えてください。
今後の動きが知りたいです。

82 :名無しさん@公演中:03/12/23 01:02 ID:Q/RLnR/w
OM−2見た?
凄い!凄すぎ。これはHMだろうがなんだろうが、ただ凄い。
韓国や中国など目じゃない。
ああ-どういっていいんだろう。

83 :名無しさん@公演中:03/12/23 12:32 ID:cAk4iStP
で、交差点企画はどやったの?

84 :1:03/12/23 23:12 ID:JDDTLEX2
どうも。1です。名乗りましたよ。
とはいっても流石にシンポジウムの時にマイクで名乗る勇気も必要も
ないので、打ち上げの際関係者に話しました。
聞いてみるとやっぱり結構このスレみてる人多いですね。
誰とはいいませんが、このスレ立ち上げたのは私だと、感ずいていた方も
いたようです。
>>34は演出家に書き込みをしたか直に訊いてみたらこのスレの存在自体
知らなかったので、その人が嘘をついてない限り他の団員が書き込んだもの
と思われます。
>>80
当たり前だろうが2ちゃんにそんなこと期待してねえよ(笑)
いや私としては、どうせ悪口がここに集中するだろうし、それを読みたい
がためにたてましたよ(笑)。
それと、今日ある実行委員から聞いたのですが、HMWの掲示板はここと公式
サイトの他にまだ二つあるとのこと。


85 :名無しさん@公演中:03/12/24 00:10 ID:R48yAcVH
おお、>>1さん登場(笑)
終わりましたねー。
で、感想がupされなかったのが
交差点企画

双対天使
か。
これをもって何らかの総括になる、のか? 
ならねぇか(笑)

86 :名無しさん@公演中:03/12/24 02:25 ID:MqByWFMn
OM-2はやっぱダントツで○でした。他と比べる事自体、変か。

87 :名無しさん@公演中:03/12/25 18:45 ID:KQMlEXY8
OM-2はロバート・ウィルソンを超えた!

88 :名無しさん@公演中:03/12/26 23:55 ID:+a//e1jo
age

89 :名無しさん@公演中:03/12/27 04:08 ID:MMME1L3g
ロバート・ウィルソンという人より、OM-2がいいのはどこなのでしょうか。ロバート・ウィルソンという人がわからないので、教えてください。

90 :名無しさん@公演中:03/12/27 05:26 ID:swTemZ58
ウィルソンを知らないでハイナー・ミュラースレにいるのは・・・というのは置いときつつ(釣り?)
個人的にはウィルソンのハムレットマシーンってそんなにおもしろくはないでしょ?
演劇史的なことからいえば、いいかもしんないけど・・・
だから単純にウィルソンとOM−2を比較するのもどうかと
僕はOM−2は人に勧める舞台でもないかな〜という評価です。


91 :名無しさん@公演中:03/12/28 01:30 ID:EowjSGCI
OM−2のアフタートークで言ってたが、やはりあの太った俳優の演技(?)は他に類を見ないくらい秀逸なものではないか。
あの身体の中にHMの全てが、混沌としたうねりの中に入り込んでいたように感じた。
演技があたらしいとか古いでは言及できないものを提示していたのではないだろうか。
それは、俳優ではなく「ひとりの人間に真摯に向き合えた」ということだ。
見たことがない表現ではなく、そこに人間の存在を私は自分と対峙せずにはいられなかったということ。

またウィルソンがHMが内包する意味をことごとく捨て去りイメージだけで表現したのとは対照的に、OM-2はHMと真っ向から向かい合って上にさらに美学的にも優れたものを提示したのではないか。
ウィルソンと比べるのはどうでもいいことだとは思うが、他のイタリア産(あれは問題外?)のものなども含めた「ハムレットマシーン」より完成度が高かったのは確かではないか。
勿論時間的(時期的)なものがあることも事実だが。

92 :名無しさん@公演中:03/12/28 02:12 ID:dQ7kdo7T
何言ってるかさっぱりわからん。
今ハイナーミュラーとか語る人ってみんなこんな言葉遣いなの?

93 :名無しさん@公演中:03/12/28 06:54 ID:3ANhDyFZ
たしかに抽象的な言説多すぎる。
多くが自己完結しすぎて、実はただ自分の言葉に酔って
いるとしか見えない。
そもそもミュラー自体に疑問を覚える。作品にかなりの
度合いで当時の政治背景が絡んでくるが、そもそも真の
芸術は精神の自由の表明だ。政治という集合的かつ雑多、
世俗的なものに深くかかわりを持ちすぎるという点
からしても、ミュラーは一流と呼ぶには程遠いところに
いるのではないかという気もする。

94 :パンチのキいた様子の男性:03/12/28 12:13 ID:+ymWE3kV
イマージュ・オペラの舞台の最後に登場した者です。             
>>72 イマージュ・オペラの方が略称としてよく使っています、
    ただこの名称の設定に一切かかわっていないので、公式の略称
    が何かは実はわかりません。
    嫌いな現代の現代の人物?を列挙して、その中で何故慎太郎を話題に
    するのかを説明しただけです。2ちゃんがくだらないとは思いません。
    現象としては、慎太郎なぞよりずっと面白いと思います。
    2ちゃん自体については、【世界】や朝日に乗った、北田曉大氏の意見
    にほぼ同意します。宮崎哲弥のような擁護論者はきちんと反論すべきでしょう
    。宮崎、ましてや他の連中に期待なぞしませんが。
    ついでに書くと、そのほか文化がらみの連中も同時に列挙しました。
    ですから2ちゃんのある傾向とその全体は私を区別しています
    北田氏については他の仕事も面白いのでぜひ呼んでみてください。
>>93 そうですか、ではビュヒナーもブレヒトもジュネも全部駄目ですね。
    >真の芸術は精神の自由の表明< 私にはこのような言葉の方がよほど
    自己陶酔的で意味不明です。まあ、ミュラーのインタビュー集から
    演劇に興味を持った私にはこういう言葉は別の世界のものです。
 
 メルアドを持っていないのに書き込んですいません。書き込みは初めてなので
 読み苦しい点失礼します、このスレッドは今日はじめて覘きました。
 それにしてもこのフェスがどのくらい注目されているのかよーくわかりました。

95 :94:03/12/28 13:32 ID:+ymWE3kV
どうもイマージュの後に・はいらないようです、どうでもいいですが。
それにしても、BBSでの脇川さんの発言は意味不明です、まさに自己陶酔 
アフタートークでも出た、クラウス・パイマンからかなりパクっていること
そもそも、テクストへの態度やこの舞台の目的への理解の相違、さらに各
シーンがかなりばらばらに作られ演出の条件が厳しかったこと、そういう基本
的なことも説明してほしい。演出が舞台の代表であり最終的決定権を持っている
のは当然ですが批判や意見への責任も基本的負っているのですから。
まあぐずぐずと言うのはみっともないので止めます。失礼しました。
まあ、意見が違うから面白いと言うのが基本にあるんですが。

96 :名無しさん@公演中:03/12/29 00:22 ID:Gnh8Nrzr
THE WORLDもあり、せっかくミュラーを語る場ができたのだから、
もう少し専門的に追求している方たちの議論をいろいろ聞いてみたい。


97 :名無しさん@公演中 :03/12/29 01:19 ID:YZki16Q0
素朴な質問。
みなさんはミュラーのどんなところに魅力を感じられているのでしょうか?

98 :名無しさん@公演中:03/12/29 02:00 ID:LAMjPGra
じゃあ逆に聞くけどあなたは今の演劇シーンが新しい動きがあちこちで見られるような活気のあるものと思いますか?
もしそう思わないのであれば今までとは違う風が必要。面白いかどうかはともかく、ミュラーは少なくとも新鮮ですよね?
魅力を感じているというよりは、みんななんとかして今の演劇シーンが盛り上がってくれればと思っているのでは?

99 :97:03/12/29 02:53 ID:bTJPLoJe
早速のレスありがとうございます。

私は演劇は殆ど観たことなくて、
現在の演劇シーンが閉塞しているのかどうかも、
よくわからないんですよ。
そういう素人の考えだと、劇団によっては結構繁盛しているようにも見えますし、
商業的に成功している劇団が一概に大衆迎合だとも、
トライアルでもないようにも思うんです。
現在の「演劇シーン」を仮想敵にして、
その仮想敵を貶めた前提で自己正当化しているだけでは、
どうも本気で何かより「新鮮」なものを作ろうとしている人間の姿勢としては、
こころもとないようにも思いますし。

ミュラーにある種の面白さは、私は感じているんですよ。
しかし、むしろ「新鮮さ」だけは感じられないんですよね・・・。

100 :名無しさん@公演中:03/12/29 04:23 ID:mOJO/8QU
ミュラーは新鮮ではないでしょう。旧東欧でも盛りはとうに過ぎたようです。
新鮮ではないから、事柄の歴史的に本質的なところを感じさせるわけですね。
日本の演劇シーンが活気があるとかないとかという話は、ミュラーとは無縁
でしょう。それよりも、戦後日本では人民はあっさりと武装解除し、共産主
義革命が志向されなかったのはなぜか、なんてことを考えた方が、21世紀の
現在よぽどリアリティがあると思いますけど。演劇シーンの活性化なんて、
リアリティ欠如も甚だしいですね。まあ、自己の悲惨と直面したくないとい
99さんのいう「自己正当化」という判断は妥当ですね。

101 :名無しさん@公演中:03/12/29 12:14 ID:Gnh8Nrzr
>100
>新鮮ではないから、事柄の歴史的に本質的なところを感じさせるわけですね。

本質的なところを感じさせるイコール普遍的ってことなら普遍的なものは常に
新しいのではないか?



102 :98:03/12/29 12:23 ID:kpsQAMqS
そうですか?演劇シーン活性化以外に2003年現在にミュラーをやる意味がありますかね?
僕が少ないながら見ている演劇は(決して「敵」だとは思ってませんが)面白おかしくて見た後すっきり
はするものの、どこか物足りなさを感じるものが多いです。
やっぱりそこには演劇そのものを一歩でも発展させようという野心が欠けているような気がします。
別にミュラーでなくてもいい。とにかく今何か目先の変わったものが見たかった。
あまりこういうのってなくないですか?僕には新鮮でしたよ。中には面白く見られたものもあったし。

あと、共産主義革命とかって話こそ僕はリアリティが持てないんですが。

103 :98:03/12/29 12:35 ID:kpsQAMqS
あ、101さんのレスが間に挟まっている......
せっかくなので>>101さん。
三輪明宏がいいこと言ってました。
「いいものは出来上がったときに既に古くて新しい」
と、そんなようなこと。つまり、これが普遍性ですよね。

ミュラーのテクストはそういうところを初めから志向していな
いように思えますが、例えば錬肉工房のような素敵な役者
を見せられると、なにかそこに普遍的なものを感じます。

104 :名無しさん@公演中:03/12/29 12:55 ID:Gnh8Nrzr
>103
つまり、すご過ぎて時間の流れすらも超越してしまうと。
三輪姉さん、さすがですね。

105 :名無しさん@公演中:03/12/29 16:49 ID:Bci4BeEu
>102
>そうですか?演劇シーン活性化以外に2003年現在にミュラーをやる意味がありますかね?

フェスがやられたことは事実ですが、やらなければ活性化しないのだから、やる
意味があるというのは、結果として経済成長を遂げたのは自民党政権下におい
てであるというのと同じように、既成事実だけが現実だとするイデオロギーです。
たとえば、能が現存していますが、能の周辺にありながら能に回収されず消えて
いったものもあるわけです。つまり、HM/Wフェスにならなかったものもあるわけ
であり、それらこそが何なのかを見出す視線を同時に持つ必要があるのではない
でしょうか。そうすると、言い方も変わってくると思うのですが。

>あまりこういうのってなくないですか?僕には新鮮でしたよ。中には面白く見られたものもあったし。

もちろんこういう言い方は理解できますが、新鮮でない人にとっては、何といえば
いいのか、ということも問題です。「僕には新鮮だった」というのは、自己の経験の
押しつけです。ダンス、パフォーマンスを内外を含め一定程度の数を見れば、
新鮮とは言えなくなるのが一般的傾向であり、何事かがなされると感じるのは、
そうした幻想を維持しなければ、やってられないから、と考えることもできると
すれば、どうでしょう。



106 :名無しさん@公演中:03/12/29 16:50 ID:Bci4BeEu
>102続き
>あと、共産主義革命とかって話こそ僕はリアリティが持てない

リアリティとは何かを私なりに定義すれば、人間の作り出した物語や社会や
制度が機能しているときに感じられる存在の実感だと言えます。
物語や社会秩序が機能低下しているリアリティの希薄な現代は、リアリティを求め
ようとすると、身体に向かいます。それは異形の暴力という形を取ることもある
でしょう。リアリティとは自己のためのものだけなのか、が問題なのです。自分だけ
リアリティがあればいいのか。そうではないでしょう。何事にもリアリティは
希薄なのですから、皆タコツボに逃げ込むわけですね。
タコツボではない、自分だけのものではない、リアリティの地平が、もしあるとすれ
ば、どのような思考なのか、考えてみるべきはそれでしょう。
これがミュラーの問題意識の核にあることは確かだと思います。
私たちはそうしたこれまでの歴史的材料を手に考えるしかないのですね。



107 :98:03/12/29 19:18 ID:kpsQAMqS
>>105-106=100さんですよね?そのつもりでレスしますが、

> フェスがやられたことは事実ですが、やらなければ活性化しないのだから、やる意味があるというのは、結果として経済成長を遂げたのは自民党政権下においてであるというのと同じように、既成事実だけが現実だとするイデオロギーです。

フェスをやったことに積極的な意味は特に見出せないという点は否めない事実でしょう。何か確信があった方が逆に問題なんじゃないですか?それこそイデオロギーでしょう。僕はこのフェスが何か新しいことをやろうとしている人のためのものだと思いましたし、
それ故に何か明確なヴィジョンがなくても無理はないと思います。なんせ未開の領域なんですから。

> つまり、HM/Wフェスにならなかったものもあるわけであり、それらこそが何なのかを見出す視線を同時に持つ必要があるのではないでしょうか。

ん〜、「HM/Wフェスにならなかったもの」とはなんなんでしょうか。御教示下さい。ちょっとよくわかりません。「ならなかったもの」は別の形で何かになりはしないのでしょうか。そんなに多様性に対して閉ざされている時代でもないと思うのですが。

> 「僕には新鮮だった」というのは、自己の経験の押しつけです。
> ダンス、パフォーマンスを内外を含め一定程度の数を見れば、新鮮とは言えなくなるのが一般的傾向であり、

僕はダンス・パフォーマンス系をあまり見ていないから「演劇」畑からの独善的な意見になっているようです。いま少しずつ見始めてはいます。ただちょっと気付いたこととしては「ダンス・パフォーマンス系」と「演劇」系の間って、
あまりにもコミュニケーションがない気がします。だから僕とあなたのような会話が発生してしまうのでしょう(ってまた独善的といわれそうだが)。ただミュラーはそれまでの「演劇」と比べたら新鮮な感じはします。戯曲と言うよりは散文詩なんじゃないかって
いうようなテクストじゃないですか。それだけで何か「演劇の不可能性」みたいなことを身も蓋もなく言ってしまっている。

108 :98 承前:03/12/29 19:20 ID:kpsQAMqS
> 何事かがなされると感じるのは、そうした幻想を維持しなければ、やってられないから、と考えることもできるとすれば、どうでしょう。

なんかこの部分すごく悲観的ですが、 そんなにやってられませんか?できれば詳しくお聞きしたいところです。

> これがミュラーの問題意識の核にあることは確かだと思います。

そうなんですか。いや、どうもまだまだ僕は読み込みが足りないようです。今は「物語や社会秩序が機能低下している」のですか?あなたにとって「物語
や社会秩序が機能低下してい」なかった時代とはいつなのでしょうか。というか、「物語や社会や制度」という言葉がよくわからないのでもう少し詳しく解説
していただけたらと思いますが、それにしても僕は「存在の実感」にそれらが必ずしも必要では無いように思います。存在の実感なら、誰かとコミュニケー
ションが取れている時(って曖昧ですが、普通の意味で、です)に感じられます。むしろ、現代の「コミュニケーションの取りづらさ」が僕にとっては問題のよ
うに思えますが、その辺についてはいかがでしょうか。現代はひたすら多様化、細分化の時代だと思います。だから共有できるものがドンドン少なくなって
いるような気がします。そんな僕にとっては「タコツボではない、自分だけのものではない、リアリティの地平」という思考には、それこそリアリティが感じられ
ません。しかしそんな多様化も、それはそれでこの先人類(なりなんなり)がもっと成熟するなりなんなりして新たな局面へと展開していくという過程の中での
ことだと僕は思っているので、そんな人類が作り出す芸術にも同様に展開していって欲しいのです。だから純粋に僕は、人類のそうした展開を推し進めるよ
うな芸術に出会いたいのです。そこにおいて根本となるのはやはり一個人の展開です。だから僕は自分の感動を大事にするしかないのです。だから僕にとっ
てミュラーは新鮮だったということにためらいはありませんが、そうは言いながらも僕の展開が世の中の展開から著しく逸れたり遅れたりしているのかどうかに
は関心があります。だからコミュニケーションは大事だと思います。だからこうして書き込んだりしてみます。

109 :名無しさん@公演中:03/12/29 19:54 ID:t8pGIFBN
age

110 :名無しさん@公演中:03/12/29 20:34 ID:Gnh8Nrzr
>108さん
105さんの書き込みを読んで感じたことを書こうと思ったのですが、
108さんがおおむね言い尽くしているので…。
お二人のやりとり、非常に興味深く読ませていただきました。

>リアリティとは何かを私なりに定義すれば、人間の作り出した物語や社会
や制度が機能しているときに感じられる存在の実感だと言えます。

これは評論などでしきりと言われていることですので、もう少し
うがった、100さんの「身体」に基づいた「リアリティー定義」
をお聞きしたいです。

物語や社会秩序が機能低下しているリアリティの希薄な現代は、リアリティ
を求めようとすると、身体に向かいます。それは異形の暴力という形を取る
こともあるでしょう。リアリティとは自己のためのものだけなのか、が問題なのです。自分だけ
リアリティがあればいいのか。そうではないでしょう。何事にもリアリティは
希薄なのですから、皆タコツボに逃げ込むわけですね。
タコツボではない、自分だけのものではない、リアリティの地平が、もしあるとすれ
ば、どのような思考なのか、考えてみるべきはそれでしょう。
これがミュラーの問題意識の核にあることは確かだと思います。


タコツボではない、自分だけのものでもないリアリティというものがあると
すれば、それは自分だけのリアリティを深く掘り下げていった果てにあるの
ではないかと、僕は感じます。100さんの書き込みを見ていると、独善や主観
といったものに価値をあまり見出していないような気がします。
でも、主観や独善を通り超えた先にしか、本当の認識もリアリティもありえない。
そこを無視して全体性?ばかり追求しても、どこにも到達できないのではないでしょうか。



111 :割り込み御免:03/12/30 01:36 ID:L8+g0Tws
ミュラーの話していいすか?

イメージの演劇でも、ミュラーでも、
演出家が提出したものをいかに正しく、
つまり演出家が意図した通りに観客が受け取る従来のあり方ではなくて、
演出家が提出したものに対していかに自らが喚起されるか、
つまり観客の脳みその中で始めて完成する演劇みたいな言い方が
されることあるじゃないですか?

しかも、その演出家の提出しているものも、
劇作家が提出したものの忠実な再現ではないわけで。

それって、
一見「作り手が絶対、観客はその受け手」構図を突破する
今まで存在しなかった新しい演劇のあり方のようにも見えますけど、
どこかで「主観」「独善」「認識」の域を出ない気がするんですよね。

例えば、今回のフェス(私はあんまり見てないですけど)の公演が
全てミュラー―演出家―演者の提出したもので、
ここの書き込みが全てそれに触発された観客の脳みその中身だとしたら、
ミュラー的な新しい演劇のあり方としてはどれも並立的に正しいんですか?

112 :100=U:03/12/30 03:18 ID:tmUDOpol
100です。
>107
>なんせ未開の領域なんですから。
未開の領域とはいえません。91〜92年にもHMは複数上演されています。

>ん〜、「HM/Wフェスにならなかったもの」とはなんなんでしょうか。御教示下さい。ちょっとよくわかりません。
100はHM/Wに参加しなかったUといいます。解体社も参加しなかった、という経過を持っています。
参加しませんでしたが、そこではいろいろな思考があったはずではないでしょうか。
それは目に見える形でありうるのかどうかは、あまり重要ではないと思います。
むしろ聞き取るとか、そういうコミュニケーションで考えたいですね。

>「ダンス・パフォーマンス系」と「演劇」系の間って、
>あまりにもコミュニケーションがない気がします。
あるところにはあります。ペーパー・タイガーに出演していたパフォーマー荒井真一
を東京の演劇人は殆ど知らないようでしたが。名古屋に来てください。一部では
常にアート/ダンス/パフォーマンス/演劇の間を横断する議論です。

>あなたにとって「物語や社会秩序が機能低下してい」なかった時代とはいつなのでしょうか。
>というか、「物語や社会や制度」という言葉がよくわからないのでもう少し詳しく解説
>していただけたらと思いますが、
この国が経済成長できるという「物語」が機能していたと考えられる時代です。
それがバブルではじけたととりあえず考えていいのではないですか。
「物語や社会や制度」とは擬制でありフィクションであり、かつ不可欠のものです。
しかし、それらが先進国内では実現されてしまったように見えるので、機能としては
低下している、となるわけですが、それは一国内的には矛盾/対立の解消のように見える
状況を背景として生起していると考えられます。先進国の矛盾は輸出され南北問題化
したというのが私の理解です。ですから、物語は世界化=グローバル化したと考えています。



113 :100=U、続き:03/12/30 03:26 ID:tmUDOpol
>108
>それにしても僕は「存在の実感」にそれらが必ずしも
>必要では無いように思います。存在の実感なら、誰かとコミュニケー
>ションが取れている時(って曖昧ですが、普通の意味で、です)に感じられます。むしろ、現代の「コミュニケーションの取りづらさ」が僕にとっては問題のよ
>うに思えますが、その辺についてはいかがでしょうか。
私はネット上も重要なコミュニケーションだと考えています。そこでは存在の実感は
あまり意識しませんが。

>そんな僕にとっては「タコツボではない、自分だけのものではない、リアリティの地平」
>という思考には、それこそリアリティが感じられません。
わかっていただけないようですが、「リアリティの地平」なるものに私がリアリティを
感じるとは言ってはおらず、また、私も感じていません。考えるべきではないか
という提案なのです。リアリティを感じるか否かはという問いは私には重要ではありません。

>だから僕は自分の感動を大事にするしかないのです。
そういうことを私も否定しません。むしろ大切です。しかしまた、そうした
感動がある種の自動性だという感覚はないですか。つまり、感動すればするほど、
別の何かが抑圧されていく、ということですが。

114 :100=U:03/12/30 03:44 ID:tmUDOpol
>110
>100さんの「身体」に基づいた「リアリティー定義」
>をお聞きしたいです。
「身体」に基づいた「リアリティ定義」があるとすれば、「暴力」を通して
考えなければならず、個別的に暴力が生起するところでは、代理することや表
象することが停止すると思います。それを近代の上演系芸術で語ることは
原理的にできないと思います。

>でも、主観や独善を通り超えた先にしか、本当の認識もリアリティもありえない。
>そこを無視して全体性?ばかり追求しても、どこにも到達できないのではないでしょうか。
他者がいて自己があるというような「構造」の中に私たちがいるとすれば、
あるいは世界の中にしか存在できないとか、歴史の外に出れないとか、ということが
一定程度認めうることであれば、「主観」「独善」の徹底だけではだめでしょうね。
ありうるとすれば、そのような徹底性を「生きる」ということです。徹底性を
「生きる」ためには、思想としての「全体性」が不可欠です。だって、その徹底性とは
簡単に言えば、人のために生きる/死ぬということですから。こういう構えでありたいと
思いますが…。
私たちは到達できるところを想像する力を失ってしまったのではなかったでしょうか。
到達というなら、どこか、なにか、を示していただかないと。それを示せないのに、
到達する場所はあるのだというのはかつての左翼と同じです。


115 :100=U:03/12/30 04:02 ID:tmUDOpol
>111
>全てミュラー―演出家―演者の提出したもので、
>ここの書き込みが全てそれに触発された観客の脳みその中身だとしたら、
>ミュラー的な新しい演劇のあり方としてはどれも並立的に正しいんですか?
私はミュラーだけに触発されているわけではありません。私はミュラーの戯曲
テクストは凡庸だという考えです。その点でも批判は必要です。
今回のフェスで9本見ましたが、ミュラーのテクストを批判しているものはな
かったように思います。
私はHM/Wの会議で、ミュラーのテクストを批判せよ、と言ってきたのですが…。
ミュラーを参照しながら、ミュラーがなしえなかったことを思考する、という
ことが大事だと思います
私の場合、これが「HM/W」にならなかったものということとつながります。

また、ミュラーの演劇は新しいものではないはずです。ヨーロッパの歴史、
啓蒙思想、前衛芸術運動、共産主義、フェミニズムなどなど、あらゆるものが
投げ入れられているので根が深い、ということだと思います。

116 :111 as ビギナー。:03/12/31 00:45 ID:L95edUV4
>100
ミュラーのあり方って凡庸ですか?

確かにテクストとしてみると、
時々流れていく詩的な語句も、
投げ込まれている「ヨーロッパの歴史、・・・フェミニズム」も、
それ以前のテクストにだって死ぬほどあらわれてたわけですけど、
HMなんかト書きないし、台詞ないし、ていうか登場人物とか不明だし、
少なくとも「戯曲」としてはたどり着く限りの極点な気がするんですが。
(あぁでもなんか表面的なこと言っててすいません・・・)

それで、ごめんなさい私の書き方が悪かったみたいなんですけど、
私はミュラーのテクストに対する批判が必要だとするのは賛成です。
ミュラー自身がミュラー・演劇の過去・現在への批判だとするなら、
ミュラーを扱うことはミュラー・演劇の過去・現在を批判することだと思うから。
(でもこれって、送り手の考えをそっくり受け入れることが正しいとする
従来型の演劇の受容のされ方に回収されてしまってるわけで・・・ドツボです)

しかしですよ。
仮に100さんはミュラーのテクストに対して批判が必要だと反応したとして、
で私はミュラーあり方は新しいからこれからの演劇はこれだと反応したとする。
それって、共にミュラーに(もしくは、ミュラーを通して)たどりついたという点では、
100さんの反応も私の反応も等価なわけじゃないですか。

同様に、今回のフェスの上演も全て、
ミュラーに(ミュラーを通してその他のものに)触発された作品だとしたら、
結局どの作品も上演も等価になっちゃうのかなと。

そしたら結局、
HMみたいな断片から触発された並列的に等価な反応に対して、
どんな価値判断が可能なのかなと疑問に思っているわけです。

117 :きゅーはち:03/12/31 11:40 ID:diPhtocK
> 91〜92年にもHMは複数上演されています。

いや、そういうことではなくて、HMであれ何であれ、何か新しいことをしようとする場合そこは
未開の領域になる、という意味だったのです。まぁ瑣末な指摘ですが。

> むしろ聞き取るとか、そういうコミュニケーションで考えたいですね。

では、早速「聞き取り」たいところですが、UさんがHM/Wで何か表象するとしたらどんな企みが
あったのかってことなんですが、ま、こんな場(2ちゃんねるですし)ですから、無理であれば、せ
めて何かUさんが評価できる上演主体でもあげていただいて、それについて(多分僕はその上
演主体を知らないから)御解説いただければなんて思います。あ、解体社はこのあいだの『バイ
バイ/幻影』ってので初体験してきました。やはりこの時期戦争について語らないことはありえな
いようですね。なんか重かったですけど、とにかく(陳腐でお恥ずかしいが)洗練されてて、身体性
(技術というより、意識。でもHM/Wなんか見てると、解体社が高い技術をもっていることも自然と
わかってしまった)がとても高い集団だということは嫌と言うほど思い知らされました。ま、それは
いいとして。でも>>114で「私たちは到達できるところを想像する力を失ってしまったのではなかっ
たでしょうか」っておっしゃってるところからすると、やはりUさんにもハッキリとした何かが見えて
いるわけではないんですかね。というかむしろある種ニヒリスティックなヴィジョンをお持ちなので
すかね。>>115でミュラーを批判すべきとおっしゃっていますが、その辺詳しくお伺いしたいところ
です。

118 :きゅーはち 承前:03/12/31 11:41 ID:diPhtocK
> リアリティを感じるか否かはという問いは私には重要ではありません。

それはないんじゃないですか。御自分がリアリティを感じられもしないものを引き合いに出すのは
どうかと思いますが。ともあれ、>>106でUさんが「自分だけリアリティがあればいいのか。そうでは
ないでしょう」とおっしゃってるので、それはどうかと思ったまでです。で、敢えてお聞きしますが、U
さんがリアリティを感じられるとおっしゃっている、その「なぜ共産主義革命が志向されなかったの
か」あたりの問題についての意見をもう少し伺ってみたいです。あまり演劇から離れられても困り
ますが。まぁ要するに前の段落でお願いしてることに自然とつながるのでしょうが。

> 感動がある種の自動性だという感覚はないですか。つまり、感動すればするほど、別の何かが
抑圧されていく、ということですが。

おっしゃりたいことがわかったようなつもりでお答えしますけど、僕は最近何かに感動しているその
瞬間に「いやいや、こんなんで感動していいのか?」って、それこそ自動的に思うようになっちゃっ
てます。だからUさんおっしゃるところの「自動性」については回避されていると思います。そこはジ
レンマですね。ほんとは諸手を挙げて歓喜の声を上げてみたい自分もいますから。ただ、それはや
はり危険なことなんですかね?


>>116=ビギナーさん
「等価」ってのがピンとこないんですが。それぞれの解釈に価値の上下(あるいは「よい・わるい」)
などないのは自明なことですよね。それをさらに「価値判断」するってのはもっとわかりません。誰
かに判断してもらいたいんでしょうか。それは危険な香りがする......

119 :ビギナー。:03/12/31 12:18 ID:L95edUV4
>きゅーはちさん

>「等価」ってのがピンとこないんですが。それぞれの解釈に価値の上下(あるいは「よい・わるい」)
などないのは自明なことですよね。

そこ!そこなんですよ!

でも実際には、様々な解釈に対して価値判断が付与されてる気がするんです。
この公演がああであの公演がどうだからどっちがいいとか、
「まだあの公演は書き込まれてないw」とかも一種の価値判断を含むわけで。
「誰かに判断してもらいたい」というよりは、
私、もしくは誰かが何かを解釈しようとした途端に、
それは単なる解釈ではなく価値判断を含んでしまう可能性を問題にしてます。

どうやら私の疑問は二つあるようです。

ひとつ。
今回のフェスの上演が全部ミュラーに対する解釈の表明だとすると、
今回のフェスの上演に価値の上下はないわけですよね。
じゃあ、その上でフェスの上演を比較することとか、
フェスの上演に対して発話すること(この書き込みとか)、
そういう行為って一体何なんだろう?

ふたつ。
ていうか、そもそも本当にニュートラルな解釈ってあり得るんだろうか?
どんな解釈も、幾許かの価値判断を含んでしまうのではないだろうか?


こんな面白いときに・・・ですが二泊三日で帰省してきます。
みなさま良いお年を。

120 :名無しさん@公演中:03/12/31 13:27 ID:jDkFbkpV
公式のBBS、書き込み少ないですね。なんか、やったらやりっぱなし
みたいな……。かなり興味深いことをやってるんだから、もっといろいろ
議論してほしい。

121 :きゅーはち:03/12/31 13:38 ID:diPhtocK
>>119
とりあえず気をつけて行ってらっしゃい。よいお年を。

> ひとつめ

どうやら「フェスの上演に対して発話すること」に意味を見出せていらっしゃらないようですが、何か答えを得よう、得ようとしていらっ
しゃいませんか?それが僕に言わせると危険だと思うのです。「答え」などはありはしないのです。かつて実在した独裁者は答えを
でっち上げました。そして「なんかそれ違いません?」と意見するものを抹殺しました。別に独裁者の話でなくてもいいです。いわゆ
る近代化は工業化や効率化を進めさえすれば人間の生活が豊かになるという信念のもとで行われてきました。「こうすればもう安
心だ」というような思考はありえない「答え」をありえさせてしまうし、そっから先は思考停止です。これは恐ろしいことだと思いません
か?まぁ、恐ろしいと思ってない人が多いのもまた事実ですが、少なくとも芸術にとっては忌むべき事態です。

> ふたつめ

「ニュートラルな解釈」なんてないです。また、あってはならない。それは上記の通りです。
「価値判断」、つまり「よい・わるい」ですね。それは個人のレベルでの判断ですから「よい・わるい」という言い方は適切でなくて、本来
は「好き・嫌い」あたりに回収するのが適当ですが、僕はその判断をする際に必要なこととして「自分自身を知っている」ということが
ポイントだと思います。「好き」とか判断している自分が、一体どんな思想や趣味や環境や経験をもっているのか、それをちゃんと把
握していること、それはつまり翻って自分以外の他者を把握できることになります。客観性とは己を見つめることでも生まれてくるの
ではないでしょうか。


122 :お。:03/12/31 13:39 ID:diPhtocK
>>120
こちらでどーぞ!

123 :100=U:04/01/01 20:54 ID:ihDAsE+m
>118
>それはないんじゃないですか。御自分がリアリティを感じられもしないものを引き合いに出すのは
>どうかと思いますが。
私はリアリティを感じるという局面を問題化しないという問題の立て方をしている
のであって、自身のリアリティの有無を言っているわけではありません。
そうした問いの立て方自体が既成の答えを生み出してしまうと考えているわけです。

>121の98さんのレスにも関わりますが、98さん自身が書いているように、>118
の問いは、何かリアリティがあるはずだ、ということが前提になっている問いなので
そういう問いは、既成の答えにたどり着くだけだ、ということですね。

>121
>つまり「よい・わるい」ですね。それは個人のレベルでの判断ですから「よい・わるい」
>という言い方は適切でなくて、本来は「好き・嫌い」あたりに回収するのが適当ですが、
>僕はその判断をする際に必要なこととして「自分自身を知っている」ということが
>ポイントだと思います。
これらが、仮に「させられている」という面も持つとすれば、どうでしょう。
私たちの自らの価値判断、趣味判断すら、しているのではなく、させられている
と考えることもできるとすれば、どうなのか、ということです。

自分の真実は自分では知り得ない、という「構造」の中に私たちがいると考えられる
とすれば、「自分自身を知っている」とはいえなくなるのですが、どうでしょう。
私はこうしたことにあまり興味がないですね。



124 :100=U、続き:04/01/01 20:56 ID:ihDAsE+m
>119
>でも実際には、様々な解釈に対して価値判断が付与されてる気がするんです。
内実が無くても、制度上、価値判断していることになるのではないですか。
たとえば、年功序列という価値判断が経済成長下で共有されてきましたが、
それが失効しつつあるわけですね。私はそれを「物語」と言ったのですが。
にもかかわらずヒエラルキーがあるようであり、価値判断がある、というのは、
演劇業界や批評家業界や大学業界や土建業界などの業界がどこにでもあり、
既得権益をそれぞれの業界内で守ろうとするからではないですか。
HM/Wの制作を担当したOM-2のMさんは、HM/Wの会議で自分たちの制作技術の
既得権益を守りたい、という主旨の発言をしていました。
国民国家の既得権益を国益というのですね。こうした既得権益が
価値基準として私たちの判断の背後に控えてはいないでしょうか。


125 :100=U、さらに続き:04/01/01 20:58 ID:ihDAsE+m
>119さんのいう、価値の並列、あるいは上下について、別の角度から
書きます。
芸術文化、精神文化は常に政治の象徴劇であるという側面をぬぐい去る
ことができないのではないでしょうか。芸術文化が政治から自律/自立し
たと言われているモダニズム以後は、逆に政治と芸術の相互規定、現代
では芸術と経済の相互規定がかえって強まったとも考えられるわけです。
そうなると、民主主義と芸術文化という関係なども考えざるをえなくな
るのではないでしょうか。
たとえば、アメリカ帝国化=グローバリゼーション化における民主主義を
考えてみると、民主主義下ではそれぞれの自由な価値判断は許容されおり、
私たちの解釈や判断は並列しているようでもありますが、アメリカ化を
拒否したりすることは許されず、拒否すれば容赦なき攻撃が加えられます。
さらに別の角度から考えると、上演に対して、観客であるこちら側が解釈
するわけですが、それは経済活動、消費活動に置き換えてみれば、買う側
であり、消費する側とも言えます。私たちは善し悪しを吟味せずに商品を
買うでしょうか。あるいは単に安ければ買うのでしょうか。これらが私たち
が日々行っている足下の活動です。
これらの論理ならざるようにみえる論理とは異なるものとして演劇や芸術
を位置づけようとする欲求があるのはわかりますが(たとえば、並列であり
たい、解釈は自由だ)、こうした芸術への欲求が、仮に経済活動、消費社会
という足下のことを考えさせないように奨励されているとしたら、どうで
しょうか。芸術文化に対する助成金の性質には、このような面はないでし
ょうか。
あるいは逆に、価値基準がを持ち込もう、賞を作ろう、という考えもあります。
HM/W内ではそういう動きもあります。
結局、並列で解釈自由ということと、価値的なヒエラルキーはあるというこ
との両立、両義性が常にあり、それが資本主義における物事を規定している、
ということになるのではないでしょうか。
そうすると私たちはどうすればいいだろう、という場所で思考せざるを得ない、
ということになると思いますが。

126 :名無しさん@公演中:04/01/01 22:33 ID:Enjv89SO

たとえばカフカやオスカー・ワイルド、ボルヘスら芸術至上主義的作家がいますが、
彼らの芸術作品もすべて政治の表象劇であると? ずいぶんな冒涜のようにも思えます。
どこからそのような素っ頓狂な言説が飛び出すのか、不思議で仕方ありませんね。



127 :きゅーはち:04/01/02 01:42 ID:MArpK3iY
>>123

つまり何かにリアリティを感じる場合、それはコンテンポラリーな政治経済や文化が前提になって
いるものであることは免れ得ない(だからそれを問題にすること自体あまり意味がない)、またその
前提は「自分自身」を捉える際にもしかりということですね。しかし結局人間、たとえそれが「構造」
を前提にしているとしてもなんらかのリアリティなしにはとてもじゃないが生きていけないはずです
ので、Uさんのおっしゃることもわかりますが、まあ身も蓋もないお話ですね。それにしても結局僕
たちはその「構造」の中でもがくしかないのですし、そもそもリアリティを問題にしない芸術なんて、
それこそ問題にする価値があるのかとも思います。リアリティこそ芸術というもののあり方そのも
のと一番深い根っこの部分で関連している事柄だと思います。いくら芸術を工夫したところでその
意味を決めるのは「すき・きらい」や「おもしろい・おもしろくない」といった主観的判断をする人間
なのですから。

128 :きゅーはち:04/01/02 01:44 ID:MArpK3iY
>>124-125

僕へのレスでもないのに割り込ませていただきますが、結局その「価値判断」をする人達が自分
自身を見つめる作業を怠っているがためにあまりにもヴィジョンやポリシーに欠けたおざなりな判
断をしている、という印象を僕は持っています。要するに誠意の問題です。「構造」の中にいるにし
ろ、利害関係の中にいるにしろ、最低限の思考を自身に課すようなモラルが本来なら遍くあって
欲しいところですが、とかく人類は日常の瑣末なことで忙しいのでせめて芸術がそうした思考を促
す役割を持ちたいものです。それにしてもUさんのちょっとした内幕披露を拝見して、こんな小さな
フェスティバルのレベルでも何か問題があるのにびっくりです。よき理解者・支持者を得るべく地道
な努力あるのみ、といったところでしょうか。なんか偉そうですみません。

なんだかおんなじことを何度も言っているような気がしてきました。Uさんには僕の見解は素朴すぎ
て物足りないのかもしれませんが、最近ごちゃごちゃ考えてるうちにこの辺に落ち着いてしまいまし
た。まあ思考をやめたら「終わり」なのでここに甘んじることなく勉強しなければいかんと思います
(思考し続けなければならない、というモラルも「構造」の中のことなんでしょうかね)。

129 :名無しさん@公演中:04/01/02 02:25 ID:iLteBvbV
正月からこんな所で熱い議論交わしてるような奴に観られてんだと思うとゾッとするな。

130 :97:04/01/02 15:18 ID:clzJ7xnk
この程度の議論にゾッとしている人間がミュラーを上演してしまっているというのもガッカリですけどね。

131 :ビギナー。:04/01/03 00:04 ID:DlZjhi2F
帰ってきました、謹賀新年。

きゅーはちさん wrote in >121
そうですねー、確かに発話に意味が見出せてないかもしれません。
ていうか、私が疑問に思ってるのは思考停止ではなくて、
その逆に全員がめちゃくちゃ思考して、飽和状態みたいになったら、
それって思考停止と同じくらい何もないんじゃないのかなという疑問かも。

例えば。
今の演劇状況は、私には泡のように小さな呟きみたいな上演が
あっちこっちでめちゃくちゃたくさん上演されていて、
でもそのどれもが対話することもなく孤立しているようにみえます。
それがどうも無益に思えるんです。
実際、演劇がこれだけマイナーである時代ってそんなになかったし、
演劇がこれだけ閉塞してる時代もそんなになかったように思えるし。

この、東京に限ってみても未だ嘗てないほど多量の上演がありながら
ジャンルとしては非常にマイナーだし、
ジャンル内で何か進展や深化があるようにも見えない閉塞感。
飽和状態が思考停止に限りなく近づいていないだろうかと思う所以です。

そんなわけで私が懸念しているのは、危険という言葉を借りるなら、
ミュラーの作品とか一連のイメージの演劇が、
読み方によってはこの閉塞状況を援護する論法にもなりうる危険性でしょうか。

132 :ビギナー。:04/01/03 00:05 ID:DlZjhi2F
すいません、131引用符つけつつ引用してません。間違えました。

ここまで書いてみて思うのですが、
私ってあくまで演劇の次元の話しかしてませんね。
政治的とか社会的とか主義的文脈は正直よくわかりません、演劇ヲタなんで。
でも、そういうのを全部ひっくるめないと語りえないのが
ミュラーを扱う難しさなんだなと思います。反省しつつ。

そんで、そのミュラーを扱う困難から翻って思うのは、
発話しようとすることが発話を否定するドツボとか、
夢物語のようなニュートラルな解釈を夢想しちゃったりとか、
あまっちょろいことを思い悩むよりも、
様々な文脈(もしくは価値基準、構造、両義性、ナンジャモンジャ)に
自分がさらされていることを十分に意識しつつ
とにかく演劇でもミュラーでもを手がかりに思考し、語り、対話することかなと。

諦めちゃいけませんよね、何事も。
近代的物語が解体したあとでも生きていかなければならないわけだし、
演劇が解体されたあとにも上演は続いているわけだし。

133 :名無しさん@公演中:04/01/03 13:51 ID:BgGt2xO8
マジスレだよーーーーー

134 :きゅーはち:04/01/03 19:10 ID:1QUJsGSK
>>131-132
現在演劇がマイナーなのは演劇自体の有効性が減衰していることもあるかも知れませんが、マ
スメディアが発達したおかげで相対的に影響力が弱くなっているという部分がより大きいので、ま
あ仕方がないんじゃないかと思います。マスメディアの方だって「他に特にないから」的な理由で
相変わらず浜崎あゆみが一番売れてたりするような気がするし。裾野が広がって頂上が見えに
くくなってるってのは演劇に限らずどんなジャンルにもありそうな気がします。それはそれでいい
んじゃないですかね。飽和状態という言葉もなんとなくわかります。要するに共有できるフィールド
がないんですよね。かつては圧倒的な影響力を持った人物なり集団なり作品があって、それをた
たき台にすることで議論が進んだんでしょうけど(「敵」を設定すると人間、行動早いですからね。
今のアメリカとかね)。そんでもって表現の場だけはたやすく手に入る(2ちゃんねるもそうですけ
ど)。なんかちょっと盛り上がると、出る頂上はすぐに打たれて裾野になっていく。飽きっぽいって
のもあるかもしれません。食品添加物とかジャンクフードの摂取を控えた方がいいかも知れませ
ん。そのくせみんなヒーローをどこかで待ってるとこもあるので突如よくわからない人物が圧倒的
な支持を得たりする。正月のNHKの村上龍じゃないけど、結局みんな「何がしたいのかわからな
い」んですかね。

そうなってくると要は自分自身を見つめる、あと古今東西の作品を知る(漫然と渉猟してもしょう
がない。やっぱり取り敢えずは王道とされるカテゴリーでくくって把握する)、という二つの作業を
通すだけでも余分な泡は自然と削ぎ落とせると思います。

僕なんか結構楽観視してますよ。だからあんまり閉塞感はないです。そのうち誰かがバーンと出
てきて、で、後で振り返って「な〜んだ、こんなことだったのか」みたいな。閉塞感もただ単に風潮
だった、みたいな。そんなことの繰り返しのような気がするのです。

135 :名無しさん@公演中:04/01/05 19:01 ID:HMHpZUlY
コラー
こんなトコで寝ちゃ駄目ー
こんな所で止めちゃ駄目ー


じゃあ、素朴な疑問。こういう劇に出演する”役者さん”は
上で諸々語られてる事とか、考えたり感じたりしながら作品作りしてるん
ですかねえ?

…なんかね、伝わってないんすよ。演出や脚本が、演技者にどの位相で演じて
欲しいのかって事が。たぶんなんですけど、もちろん。
だって、ねえ。タイタス・アンドロニカスのストーリー普通に解説しながら、
キャラクター芝居されても・・・。じゃあ、シェークスピア見るよっちゅう
話ですよ。解剖してよ! 解釈を、演技スタイルに組み込んでよ!
・・・なんて思いました。

つまり、自分はですね、こうしたフェスを見るにつけ、役者が楽しそうにノって
やってないか、楽しそうなんだけどてんで演出と噛み合わってないかだ、と。
その辺にね、突っ込みどころが満載なんですよ。それでは、いくら先鋭的で崇高な
ハイナー・ミュラー氏の台本扱うのだ、とか、ゆわれましてもねぇ。




136 :名無しさん@公演中:04/01/05 21:50 ID:WONwYpkC
今回のTHE WORLDについて語ってるbbsがほかにあるって話だけど、
どこのサイトにあるのでしょう?

137 :100:04/01/06 03:23 ID:hArYhYyf
>>135
>コラー
>こんなトコで寝ちゃ駄目ー
>こんな所で止めちゃ駄目ー
100です。
>>126のレスを読んで、寝てしまいました。
話にならねー、というか、話ができない、というか。
それで、冬眠しようかと…。
しかし、寝るな、ということなので、しばらく起きています。

>>135
>解剖してよ! 解釈を、演技スタイルに組み込んでよ!
>・・・なんて思いました。
については、私も同様の意見がありますので、また、後日書き込み
ます。

>>132、ビギナーさん
>とにかく演劇でもミュラーでもを手がかりに思考し、語り、対話することかなと。
>諦めちゃいけませんよね、何事も。
>近代的物語が解体したあとでも生きていかなければならないわけだし、
>演劇が解体されたあとにも上演は続いているわけだし。
この意見、マジスレといレスがありましたが、私は賛成です。



138 :100:04/01/06 03:24 ID:hArYhYyf
>>134、きゅーはちさん
>僕なんか結構楽観視してますよ。だからあんまり閉塞感はないです。そのうち誰かがバーンと出
>てきて、で、後で振り返って「な〜んだ、こんなことだったのか」みたいな。閉塞感もただ単に風潮
>だった、みたいな。そんなことの繰り返しのような気がするのです。
これはきゅーはちさんの>>132に対するレスですが、基本的には理解しますが、人生論になって
いませんか。自身が理解することで、きゅーはちさん自身の安心は得られます。しかし、他者はどう
なのでしょうか。あなたもそうすればいいのに、といっても、できない人がいると思います。
前にも書き込みましたが、自分だけのこと、でいいのか、という問題です。「道徳」が仮に自分だけの
規律、内在的規律であるとすると、「倫理」は外在的規律、他者をも含む規律ということと考えられ
ます。内在的規律のみに拘るのが現代のグローバリズム下の「心理主義化」といわれるものだと
私は思っています。それゆえ、外在的規律=倫理が問題だと、問いを立てることも必要とされるの
ではないですか。社会規範が低下している、ということと同じ問題ですね。つまり、人を殺してなぜ
悪いのか、といった問題とリンクするわけです。

HM/W、演技のことは、また、書きます。というか、書くつもりですが…。



139 :100:04/01/06 03:47 ID:hArYhYyf
>>126
>たとえばカフカやオスカー・ワイルド、ボルヘスら芸術至上主義的作家がいますが、
>彼らの芸術作品もすべて政治の表象劇であると? ずいぶんな冒涜のようにも思えます。
>どこからそのような素っ頓狂な言説が飛び出すのか、不思議で仕方ありませんね。
私自身は芸術至上主義者だと思っています。日本の演劇界において私以上に芸術至上
主義者であることを宣言している人物はいないのではないかさえ思っています。
しかし、私は多くの人々に知られているわけではないのですが、ね。
私は八戸のT氏と連携して1989年に「国際カフカフェスティバル」という演劇フェス
をやりました。カフカはユダヤ人です。カフカは長く生きていたら、シオニストに
なった否か、ということも重要な問いなのです。


140 :100、続き:04/01/06 03:48 ID:hArYhYyf
>>126
カフカの生まれたプラハは言語混交地帯でした。その中でカフカはドイツ語を学び、
ドイツ語で書くわけです。ドイツ語はカフカの母国語ではありません。
これが政治の象徴劇でなくて、なんですか?
言語は思考を透明に表象するなどという考えの人は、余計なお世話ですが、文学を
論じることなんて慎んだほうがいいですよ。
ワイルドは「サロメ」をフランス語で書いたので。それはなぜですか?
ボルヘスはスペイン語でも英語でも書きましたが、南米アルゼンチンのボルヘスが
ヨーロッパ語であるスペイン語で書くのはなぜですか? アルゼンチンには自然発生的
にスペイン語が生まれたとでも言うのですか?
スペインがキリスト教を携え、南米を侵略しなかった、というのですか?
126さんはクレメント・グリーンバーグという美術の理論家を知っていますか。
グリーンバーグはアートにおけるモダニズム理論の大家です。つまり、芸術至上
主義者なわけです。グリーンバーグにカフカ論があります。読んでください。
日本語で読めます。グリーンバーグは、キリスト教世界において、ユダヤ人は
真の歴史を生きることができない、ということをカフカを通して書いています。
究極のモダニスト=芸術至上主義者が、ですよ。芸術至上主義という在り方自体が
歴史的形成物なのであり、それは見方を変えれば、政治的でもあるということ
なのです。 
ユダヤ人であること自体が政治的な世界を私たちは生きてしまっているのです。
それが、パレスチナ-イスラエル問題です。サイードの著作に「フロイトと非ヨー
ロッパ人」というのがあります。それも読んでください。ご存じだと思いますが、
フロイトはユダヤ人です。


141 :100:04/01/06 04:03 ID:hArYhYyf
>>126
140の補足。
ちなみにグリーンバーグもユダヤ人です。


142 :100、さらに続き:04/01/06 04:21 ID:hArYhYyf
>>126
>126さんへ
ベンヤミンはナチス=ファシズムの「政治の芸術化」運動に対して、
コミュニズムは「芸術の政治化」を対置すると、書きました。
これって、芸術は政治の象徴劇だ、ということが前提になっている
考えなのではないですか?
だからこそ、ベンヤミンは、芸術を政治的立場性で考えろ、
ということでを言っているのですよ、ね。
これはフレデリック・ジェイムソンの立場でもありますね。
「舞台芸術」にジェイムソンの「ブレヒト論」が連載されていますが、
ブレヒトが重要なのは、政治的立場性が明確だからだ、ということを
ジェイムソンは書いています。
ミュラーもこの立場であるわけで、だからこそ、ブレヒトの継承者
なわけですね。


143 :ビギナー再び。:04/01/07 00:52 ID:fZ+I8jEo
ちょっと考え込んでました。

ビギナー的に(議論を呼んだという点で価値があると思う)>126へのレスを。

すごい単純化してみると、
1.その芸術家が芸術至上主義である。
と、
2.その芸術家の作品が政治性・社会性をはらんでいる。
ことは全く別の話ですよね?

新批評?以降、作家と作品を切り離す傾向がありますよね。
作品を当時の歴史背景において考えてみようじゃないか、とか、
それこそミュラーじゃないですけど、
作家と作品は切り離して考えようじゃないか、とか。

そんで、フェミニズムじゃないですけど、
「全ての事柄は政治的である」みたいな立場をとれば、
芸術至上主義とかは存在しないですよね。
芸術至上主義それ自体が(本人の意図に関わらず)政治的じゃん、と。
ここでの政治的って、右とか左とか党とかじゃなく、パワーゲームですけど。

なので100さんが>140で
>ユダヤ人であること自体が政治的な世界を私たちは生きてしまっているのです。
というのは非常にわかりやすい例だと思います。
つまり、本人が望む・望まない、意図する・しないに関わらず、
例えば自衛隊を派遣する日本の選挙権のある女性の私も、
上で書いたような政治性からは抜け出せないということです。

というわけで。
芸術至上主義作家も、じゃあ政治性や社会性から抜けさせるかって言ったら
芸術という形で人より余計に主張してるんだし、まあ抜け出せるわけないと思います。

144 :ビギナー再び。:04/01/07 01:30 ID:fZ+I8jEo
連投ですが考え込んでいたきゅーはちさんの>134へのレスを。

>マスメディアが発達したおかげで相対的に影響力が弱くなっている
という点は私も同感です。
小劇場ブームの後の世代なので、演劇はそもそも超マイナーだと思ってます。

ただ、私はどうしても「演劇自体の有効性」が危機にあるように思います。
そう思うようになったきっかけはやっぱミュラーです。

私なりのミュラーの捉え方は今までにも>111,>116で書きましたが、
結局彼はHMで劇作家としての最後の仕事をしてしまった気がするんです。
つまり、イプセンとは反対側の戯曲の極点を示したということです。

演劇批評家の西堂行人さんは、
『ハムレット』という演劇の金字塔的作品を内側から壊していく、ということで
HMが演劇を「内破する」みたいな言い方をしてます。

私も同感で、
ギリシャ劇は神様の世界で、シェイクスピアが貴族と平民で、
イプセンが市民で、みたいな描く人物の変化とか、
運命→恋物語→社会問題、みたいな描く内容の変化じゃなくて、
(もちろん、その変化に伴って演劇の形式は様々に変化してきたわけですが)
HMでは演劇―戯曲という形式・関係・構造そのものが容赦なく問われてると思ってます。

問題はそのミュラーの「次」が見えてこないことなんだと思います。
ミュラーみたいな戯曲の限界点が見えてしまったあとで、
一体どんな劇作が可能なんでしょうか?
劇作というものはもうミュラーで完全に解体(内破)されてしまって、
もうこれ以降は演出家の時代しか続かないんでしょうか?

145 :ビギナー続き。:04/01/07 01:31 ID:fZ+I8jEo
別の言い方をすると、
自己が演劇であるという問題をかつてないほど過剰に意識した結果、
演劇というのはその自己言及性の中で
限りなく内向きの視線を育んできたように思えるのですが、
その内向きの視線の結果がミュラーみたいな形の戯曲の内破だとしたら、
それこそ閉塞の限界なわけで、
演劇であることをこれ以上問い続けることはできないんじゃないか、とか。
だとしたら、これからはまた
起承転結とか言語の信頼に基づく物語としての戯曲に戻るのか、
でもミュラーを経験した私たちはその戯曲に納得できるのか、とか。

とまあ、上記のようになかなか疑問は尽きなくて、
きゅーはちさんのような楽観視にたどりつけないでいます。

でもこれって若造の悲観論かもしれないんですよね。
ブレヒトでカタルシスが終わり、ベケットで条理が終わり、
その度に「演劇は死んだ」と言われ続けてきた気もするし。

それとは別に、別役実さんは「ベケット離れ」みたいなことを言ってて、
そういうスタンスの取り方もアリなのかなあ、とか。

ていうか、今度のフェスで、
この限界点としてのミュラーという課題に対する
何らかの回答が見えてくるのかと思ったんですけど、
ここの反応をみるとなかなかそこまではいかなかったのでしょうか?

146 :名無し:04/01/08 00:03 ID:ihNtScM8
保っ守!

147 :100:04/01/08 00:48 ID:WqU3ueht
>>144>>145
細かいことをいろいろ書きたいような気もしますが、それはやめて、
手短にいうと、芸術内で考えていても埒があかなくなってきているのですね。
あるいは、わからなくなったら、他の芸術領域を参考にしてみる、という
ことも有効です。美術史や音楽史、あるいは詩などを参考にすると見えてくる
ことはあると思います。
戯曲に一番近いのは詩ですね。戯曲が壊れると詩になります。
ベケットも最後期作品は戯曲というより、詩に近いですね。
ミュラーもドイツ統一後はむしろ詩を書いていたようです。

音楽において作曲は60年代に一旦否定されて、即興音楽が主流になります。
演奏のその場で作曲する、という考え方です。
演劇も同様のプロセスは一部辿りました。つまり、即興演劇ですね。
戯曲は一旦否定された、というプロセスを辿っています。

ミュラーの場合、ドイツですから、ナチス、そして東ドイツという歴史的流れの
中で、こうした西側には存在していた前衛的な芸術運動が社会的に抑圧されてき
たという経過を持っているわけです。それがミュラーを通して一挙に噴出している
という側面があわけです。だから、歴史的な文化的蓄積が抑圧されているといえば
いいでしょうか。
で、抑圧されてきた、ということ自体、資本主義・自由主義世界に対して、対抗的に
形成された共産主義政治の結果なのですよ。つまり、資本主義の結果でもあるわけ
です。

だから、芸術内で考えていても、埒があかないのです。
芸術内に逃げ込んでいたい、というなら賛成できませんね。


148 :100:04/01/08 00:59 ID:WqU3ueht

アート・美術において、限界点は20世紀初頭に既に露呈しています。
限界点が示されても芸術は続くのですね。それは芸術に内在するであろう自動性が
機能する、というシステムの中にいる限り、続きます。
このシステムの別名が資本主義です。私たちは今、誰もこのシステムから出れない
のですよ。出るための唯一の方法が「自爆テロ」なのですね、残念ながら。
あるいは、芸術家の意識から辿ってみれば、「私だったらもう少し違うように作る」
という意識(否定性の意識)がある限り(誰しもあります)、作品は作られ続けます。
これは決して悪いことではありませんが、社会や共同体の実質がもはやそれらを価値
あるものとして求めてはいないのですね。単に消費する/されるしかないのです。
だって現在のこの国で消費しない人は、経済の悪化を招く悪い人なのですから。

>>145
>この限界点としてのミュラーという課題に対する
>何らかの回答が見えてくるのかと思ったんですけど、
>ここの反応をみるとなかなかそこまではいかなかったのでしょうか?

ですから、回答はない、というか、できないのですよ、演劇内的には。
あるいは、芸術内的には。
そして、演劇内的には、芸術内的には、回答不能なのだよ、ということが
ミュラーの提出した最大の問題であると私は思っています。
だから、政治的立場性で考えろ、ということをいっているのだと思いますよ、
ミュラーは。
ビギナーさんも書いているように、女性であることそれ自体で、政治的だと
すれば、それが立場となるわけですが、立場を選べばなんとかなるのか、
といわれるとなんともならないのですが、立場を選べば、ただ論争的であること
は可能です。
つまり、>>126さんのように強いリアクションを引き出すことは可能です。
そのことから論争が始まるのでしょうね。互いにその気があれば、ですが…。


149 :100:04/01/08 01:42 ID:WqU3ueht
>>135
>じゃあ、素朴な疑問。こういう劇に出演する”役者さん”は
>上で諸々語られてる事とか、考えたり感じたりしながら作品作りしてるん
>ですかねえ?

俳優は考えていませんね、というか、考える時間がないでしょう。
バイトして、練習して、ですから。日本の制度では時間がないのですよ。
これは演出家も同じです。時間がない、というのは大きいですね。
現場で議論はしていますが、多くは演出も俳優も、結果的に体感で違いを
埋めていくという方法を採らざるをえないのではないでしょうか。

>…なんかね、伝わってないんすよ。演出や脚本が、演技者にどの位相で演じて
>欲しいのかって事が。たぶんなんですけど、もちろん。

伝えるためのテクノロジー、スキルがないのですよ、この国の演劇には。
まず、演劇が国家的にシステム化しれていませんから、技術が形成されず、
また、形成されないのですから、伝承もされません。現代劇系は、ね。
演出の側に伝えるべきスキルがないし、自分の考えを具体化するテクノロジーを
発明する、という発想もほとんどないですから。

ですから、ミュラーを上演しても、これまで自分が体感的に、経験的に培ってきた
演技法、演出法をミュラーのテクストを使って実現する、という形態になるばかり
なのですね。これでは、どんな戯曲を上演しても、同じになるのですよ。
つまり、本当はミュラーである必要性も必然性もない、ということになるわけです。



150 :100:04/01/08 01:43 ID:WqU3ueht

あるテクストを上演するということは、これまで培ってきた上演側の手法や技術
が再吟味されるという性質を持つはずのものなのです。この危機感を持った上演
でないと、観客としては「どうだい、なかないいい上演だろう」というメッセージ
以外、受け取れなくなるのですね。
で、観客も「いい上演だったよ」となると、共依存空間になるわけですから、
その空間に入れない感触の人は排除された感覚を持つことになるわけですね。
だから、特に演劇が好きな人、興味のある人以外は劇場には来ないのです。
疎外感を味わうだけですから。で、そういう来ない人のほうが世の中には
はるかに多いのですね。



151 :100:04/01/08 05:11 ID:WqU3ueht

演劇を外在的に考えれば、他のメディアの興隆があるので、注目されていない
ということはいえるでしょうね。しかし、演劇を内在的に考えることもできる
わけですし、内部にいる人、強い関心を持っている人は内在的に考えることも
必要でしょう。
内在的に考えるとすると、私が>149や>150が述べたようなことを考えざるを
えないのでしないでしょうか。
外在的にも内在的にも考えるということは演劇に関わる人の役割だと思います
がいかがでしょうか、といいながら、この問いは誰に問うているのでしょうね。




152 :97:04/01/08 15:05 ID:tBbIL4Tp
>この問いは誰に問うているのでしょうね。

ミュラー的な科白ですね。
この問いを、問うているのは、あるいは問われているのは、誰。


153 :126:04/01/08 21:37 ID:oA05xEaF
人間の精神てのは人間が思っているよりはるかに優れている。
どんな閉塞的状況であっても、やがてはブレイクスルーするわけさ。
100さんは相変わらず独断的だが、そういう風に頭打ちということを認識して
打開策を模索するってのはちっともわるいことじゃないし、絶望することでも
ない。極限的に考えることで意識が尖鋭化されるし、深みのある、より穿った視野を
獲得できるかもしれない。断言ではなく、かもしれないというのは、そこから先は
個々の才能にかかっているからだ。才能がなけりゃこの状況は絶望以外の何物でも
ない。
何もかもがやりつくされた感があるというのは、
とりたてて演劇に限らず、映画、音楽、文学、絵画そのほかあらゆる事柄に
該当するでしょう。しかしですね、現代の芸術もしくは創作をよーく見てく
ださい。全体ではなく、個々の作り手を自分の目でじっくり見てください。
一見商業主義一辺倒のように見える現代ですが、その影に(すべてやりつくされた感の
ある中で、ただ一人何か新しいことをなしとげている人がいるものです。
概して知名度は低いのですが。(そういう稀有な、目立たぬ個を無視して
やたらと包括的に語りたがる、そんな100さんに私は反感を持つわけですが)

みなさんも、苦悩の果てに本当の光を見出してください。
楽しみにしてますので。



154 :ビギナー。:04/01/09 04:38 ID:mV8GKliS
あーすいません、上からの続きで紛らわしくなりました。
「回答」って、これが答えだ!的解答じゃなくて、
ミュラーの問いかけに対して自分はこう思う、っていう
反応というか問いかけ返しというかそういうのを想定してました。

それで、100さんには
>芸術内に逃げ込んでいたい
と批判されてしまいましたが、
私が度々演劇内に問題を戻していたのは、
単に私が演劇においてのミュラーについてに興味の力点があるからです。

もちろんミュラーの作品に政治的側面があることは十分理解してます。
でも、だからといって全てを政治的観点から語ることにも疑問を感じます。
(100さんは度々回答を求めることの危険性を指摘しているにも関わらず、
資本主義・共産主義を全ての謎を解き明かす魔法の言葉のように
使ってるように見えるのもちょっと疑問です)
というわけで、ミュラーを考えるにあたって様々なアプローチが可能だと意識しつつ、
演劇板住民の私は演劇的アプローチでミュラーを考えたいと思います。

で、えーと、限界点って例えばダダイズムとかシュールレアリスムとかでしょうか?
表現主義もなんかえらいことしてますよね。
確かにそれはひとつの限界だと思います。
でも、私は20世紀初頭の限界点とミュラーの限界点は別の方向を向いていると思います。
20世紀初頭の諸芸術運動が目指したものがそれまでの枠の破壊だとしたら、
ミュラーの限界点はまさに「内破」というか、
(自分で言ってて歯の根が浮くようですが)だ、脱構築的な手法をとっている。
これって結構大きな差じゃないかと思います。

作る、でもなく壊す、でもなくずらす、という手法。
その先って、永遠にずれていくだけなんでしょうか。
(あれ・・・また最初の疑問に戻ってる・・・?)

155 :ビギナー。:04/01/09 04:41 ID:mV8GKliS
省略され倒し。

>153って非常に美しいマニフェストだと思いますが、
私としてはそのただ一人をぜひ名指しで教えて頂きたい。
今だと例えば126さんは誰(何)を想定してるんでしょうか?

156 :エチカ:04/01/09 15:47 ID:8+OVDF26
割り込まん。100=Uさんへ。
内在的規律としての道徳でなく、外在的規律としての倫理が求められている。
まったくそのとおりでございまして、で、私としては、とりあえず舞台芸術は、
社会にたいしてそのように機能すべきだと思われるのです。
エチカとしての舞台ないし芸術ですね。
で、Uさんは、かねてより演劇が、国家内ないし社会内制度としての正の機能を、
つまり社会規律の保持を目的としたイデオロギー的機能を果たしていることに
関して批判活動をなさってますね。そのとき演劇ジャンル内での権益ばかりを
計算する業界人を批判されます。それも賛成です。
で、演劇を批判する際に、基本的に、つねに外在的立場をとりながら活動される。
しかしそのとき、その外在的立場というのが、ただたんに「社会人」としての立場に
転化していませんか。つまり「特殊社会」としての演劇社会内政治にたいして、
「一般社会」の側から撃つ、というような。
現在の戦争状況下、演劇がなにほどのものか、そこで行われる「実験」とやら「批判」
とやらがなにほどの力を、持ちえるのか。そもそも演劇で、抵抗することが可能かどう
うか、問うべきだ、と。
Uさんの問いかけは私も賛同できるゆえ、なかなか批判しずらいのですが、
演劇内政治、領域内政治を批判されるあまり、Uさんの立脚点が見えにくくなっている
ともいえませんか。


157 :エチカ、続き:04/01/09 15:54 ID:8+OVDF26
・・・Uさんの問いかけは私も賛同できるゆえ、なかなか批判しずらいのですが、
演劇内政治、領域内政治を批判されるあまり、Uさんの立脚点が見えにくくなっている
ともいえませんか。
演劇が堕落した。
ほんとにそうです!というかとくに日本は最悪ですね!外国についての情報を
知っているわけではないのですが。
で、戻りますが、演劇が社会にたいし外在的規律=エチカを産出する場所であると
いうことを私としては、やはり持ちたいのです。
演劇は決して社会に順応してはならない。演劇は「道徳」にたいして距離をもち、
できうるなら「道徳」を再構成していく(ここはちょっと保留ですが)ような
「倫理」であるべきである。
むろんこんなことはブレヒトを持ち出すこともなく、「前衛芸術」の前提となって
おり、みんなそれをわかったうえでやっていて、・・・で、自家中毒になっていると。
「私たちは前衛だ」みたいな裏返されたエリート主義とでもいうのでしょうか、
そんな意識をもった者同士で、慰めあっている・・・そうした現下の、ほとんど
ぼろぼろの、悲惨な状況にたいして、喝を出されてるんですよね?Uさんは。
私がいいたいのは、もいちど原点(でもそこはどこなのか)に戻っての話です。
保守イデオロギーがあり、革新=前衛イデオロギーがある。
わたしたちは選択せざるをえない。しかし、選択するにあたって、根拠がない。
これが真に「ジレンマ」というに足るのかはしれません。だが、


158 :エチカ、続き:04/01/09 16:15 ID:8+OVDF26
・・・だが、それでもなお、演劇はエチカであるべきなのです。もしそうでないとすれば、
私は関与しません。私が舞台に関与する理由は、ただたんにこの希望的観測に拠ってます。
正直このミュラーフェス自体どうでもいいのですが、しかしその相対的価値はなにほどか
はあるでしょう(って、てめえ何様だよって声が聞こえてくるが)。しかし2チャンネル
という、かつてはネット村住人の回覧板でしかなかった場所に、こんなスレッドが
たち、このような議論が行われている、これはもしかしてすごいことでしょ?
まあそれも屁のようなもんですが。結局はぼやきにすぎないという意味で。
さてさて、演劇の機能でした。演劇がエチカであるとして、それは何を行うのか?
それは「真正性」ではありませんか。これは映画ではありますが、パゾリーニの
アッカトーネを私は念頭に置いてます。「そこに」ではなく「ここに」忘れられた
人々がいると、「直接的」に「現実:リアリテ」を提示すること。

159 :エチカ、続き:04/01/09 17:02 ID:8+OVDF26
その時、「現実」とは何なのか。それは「私の」現実ではありません。そもそも現実を
所有することはできないし、またする必要もない。一般に「私のリアリティー」というとき、
それはたんにその人が人生で触れてきた諸事物へのナルシスティックな撞着あるいは
ノスタルジアです。それゆえ「いまの若者」はみな「サブカル」への撞着をもって、回答
とする。それで・・・ますます内へ閉じる。この場合、何は欠落しているのか。
それは外へと本来向かう思考が、行われていないということです。で、外としての
「現実」はどこにあるのか?パゾリーニ自身もいうようにアッカトーネの時に事実
存在していた都市下層プロレアリタートは、みなプチブル的欲望と思考の形式を
おそらくはテレビに代表される「物語機関」によって持たされ、回収されていった。
で、第三世界の民衆へとパゾリーニの問題構成は組み立てられる。

160 :エチカ、続き:04/01/09 17:14 ID:8+OVDF26
それで。現在、どうか?問題はなにひとつ解決されてはいないし、ようは
あらたな保守層が続々登場するだけだ。
演劇における保守主義とは?保守主義が問題だとして、それは改善さるべき
「悪」なのか?それを批判すれば「善」であり、「真」なのか?
ことはそんなに単純ではないし、あるいはもしや単純なのかましれない。
ゴダールは「正しい映像でなく、ただの映像だ」といった。習えば、「正しい
演劇ではなく、ただの演劇」が求めれているのか?演劇を言語ゲームの一種として
それを享受すればいいのか?本来遊戯にすぎない演劇を、「実業」として
成り立たせようとするそのせこさがまずいのか?

161 :エチカ、続き:04/01/09 17:32 ID:8+OVDF26
すべてが消費される。それはたしかにある視点からすればおぞましき傾向であり、
かつてなかったほどの完成されたファシスムかもしれない。しかしまたゴダール
ですが、彼が「労働力」概念を、大衆の生活現場で検討していったような、
そのような作業を、「消費」概念に対しても行う必要があるのでしょう。
なにをひとは買っているのか?演劇をチケットを何千円で買うとき、ひとは
なにを買うのか。慰安=癒し、笑い、つまり感情の開放によるリラックス、
それ以外には?たとえばパイマンのリチャード2世がシアターコクーンで
上演されたとき、日本人はどう受容したのか。蜷川はロビーでこんなくずとか
いいながら怒ってたらしいが、私は一観客として、「再教育」されたのです。
それはすばらしい講義なり演説なり説教なりを体験することと同義でした。
こう書くと、また信奉だ、と声が聞こえますが、何かを信奉することは否定
できないでしょう。それで、事態は宗教戦争になってくる。

162 :エチカ、続き:04/01/09 18:00 ID:8+OVDF26
蜷川なりオリザなりに億単位で助成するこの国の文化行政。伝統芸能は当然保持されるべきかもしれないが、
もういい。では、国家はドイツのようにパイマンを公立劇場の監督に就任させればよいのか?
自身を批判する連中を、飼いならすことで、自身の度量の大きさを誇示すればよいのか。
あるいはドイツの官僚はパイマンの思想を本気で愛しているのか。それは分からないし
問題は日本ですから、・・・こうなると「近代化」の推進になってしまう。しかし
批判運動としてのモダニズム以外に、道はあるのか。伝統回帰でも民族自立でもない、
インターナショナル運動?どんずまってますねえ。だからここで誰かも書いてたように
むだを排して、読書し思考し議論するしかない、そして展望を持とうとする勇気を持ち
続けるしかないのでしょう。ハイリスク・ノーリターン。見返りなき運動・・・


163 :エチカ、続き:04/01/09 18:39 ID:8+OVDF26
もはや2チャンネルのコードを脱します。ル・モンド・ディプロマティーク
を読んだ者は、読んでないひとに伝え、日本の新聞などを買うべきではないこと
を伝え、テレビを消し、源氏物語などではなくブレヒトを読むべきことを伝え、
日本の問題はもはやそれだけで論じることは不可能であることを説得し、たとえ
西欧かぶれだなどと悪意に満ちた愚かな罵りを受けたとしても、それがいかに低能
な意見であるかを実践で示すこと。私はそれを出演者やスタッフとの闘争のなかで
可能な限り実践したし、これからもそうする。セルジュ・ダネー「不屈の精神」を
読めと。卑劣な映像というものがあることをリヴェットがダネーに伝えたように、
卑劣な演劇、舞台が、事実存在するということを示さなくてはならない。
こうした意見が「独断」で指令=命令の言葉を使っているということについては、
この程度で「命令」されたような気分になるとはよほど人生経験が足りないのでしょう。
そんな「気分」など糞ですよ、それはあなたがプチブルだからそう感じる
のですよ、あなたは私にとって敵であり、私はあなたにとって敵なだけです、
もしあなたが10年後、人間性を保持していて、好奇心があれば、よければ
再会しましょうか?その間に私はこどもたちへ向けて絵本を書いているかも
しれません、と私は言う。

164 :不破 九:04/01/09 20:56 ID:RE1jSFXS
これじゃ、カラオケのマイクをはなさない人とおんなじじゃないの。そういえば2ちゃんねるもカラオケボックスとかわらないよね、このスペースにいる人にしか聞こえないもの。

165 :156:04/01/09 22:06 ID:8+OVDF26
>>164
ひとりで歌うのはタブーなの?まあ一気すぎたか。
あと、聞こえないってのは、そんなものでしょ?
あなたの耳に聞こえない・・て、まあ悲しいネ、自重します。
2ちゃんって、これだからな。こうしてぼやきが再生産。

166 :不破 九:04/01/10 00:25 ID:9eB7mcVB
エチカの書いたやつ、ちゃんと全部読んだよおー、しゅんとするな。「不屈の精神」を読めって言ってる本人がなにぼやいてるんだ?「ここに忘れられた人間がいた」という真正性を演じてらっしゃるわけ?

167 :名無しさん@公演中:04/01/10 03:43 ID:WmHj01wK
煽りでなく、素朴でもないが、純粋な疑問。
シベリア少女鉄道とか毛皮族とかそういう演劇について、
ハイナー・ミュラーにも興味のある人で、演劇としてどうなのか
評価できるのか、できないのか意見の言える人いませんか?
スルーしてもらってもべつに「不屈の精神」はないが、ぼやきはしないけどね。

168 :名無しさん@公演中:04/01/10 16:18 ID:n0FrNmU/
U氏は結局ぼやきでしかない。
自分で良い作品を作ればいいのでは。
良い作品を作れない哀れな姿でしかない。


169 :名無しさん@公演中:04/01/10 16:24 ID:33mgnjCz
批評に対して「自分で作れ」というのは
思考停止じゃないですかね。

170 :名無し調教中。:04/01/10 21:46 ID:/xh5oiW2
>169
しかしそれじゃ不公平。批評家だって分をわきまえる必要はある。
創作というのはボクシングでいうなれば、リングの上に上がること。
ろくにリングに上がったこともない批評家が多弁を弄するより、同じ
リングに立つ者同士の一言がはるかに有益であることもあるだろう。

↑俺、エラソーだな

171 :不破 九:04/01/11 09:47 ID:jZvWqdGr
んだっ!おれら、体はってやってんでい。ウンチクたれるんなら、舞台でウンチでもたれてみい!自分のウンコ握りしめて、これが日本の演劇だと言ってみろっ!指の間からにょりにょり出てくるウンコを見せて、これが蜷川だと言ってみろいっ!

172 :1:04/01/11 20:51 ID:neBVJ97N
このスレついに公式サイトにも晒されちゃいましたね。

173 :名無しさん@公演中:04/01/11 22:18 ID:sAVAuy0T
Uさんは批評家ではなく実践家でしょ。また批評家だって新しいものを産み出さなければしようがない。こんなところで負け犬の遠吠えをしてたって何にもならない。それこそ自分に何が足りないかを考えるべきだと思うよ。

174 :名無しさん@公演中:04/01/12 01:43 ID:0YeJ0Y7V
批評家と実践家って、「じゃあ自分でやってみな」と
「もっとまともな作品作れや」の不毛な応酬しかできないんだろうか。
もっと建設的な関係って築けないもの?

175 :U(になりすまして):04/01/12 10:27 ID:TvHsiy5Z
ですから、自爆テロ以外にないわけですね、残念ながら。

176 :名無しさん@公演中:04/01/12 13:53 ID:Awff+60h
>>167
シベリア少女鉄道はこの前の「二十四の瞳」と今回の「watch me〜」を見ました。
すごくいいと思います。「二十四」でこの集団のスタイルは取り敢えずわかりながらも、物足りなさ
を感じていたのでもう一回見てみることにしたのですが、今回見てこの集団の力量が見極められ
た気がしています。その結果、すごくいいと思う、という結論です。
もちろん役者の実力や大オチにおける荒削りなところは課題ではありますが、素直に感動しまし
た。ほんっと、よくやるよね〜。すごいよ。また前回の「二十四」に比べて構成力が着実に進歩し
てるってのも感動しました。すごく志を感じます。こういう集団が意外と歴史に名を残したりして。
いや冗談抜きに示唆が豊富ですよ、この集団は(って最近何を見ても考え込む僕)。

毛皮族は未見です。今度のでも行ってみようかと思います。

>>ファッキューさん

マイク握って離さないって、マイクは無数にあるのだから好きなときに好きなことを書き込めばい
いんじゃないんですか?それが2ちゃんねるでしょ。

177 ::04/01/12 13:54 ID:Awff+60h
ちなみにきゅーはちですけど、名前入れ忘れました。どうでもいいですね。

>>100さん

確かに俯瞰しすぎでした。以後はもっと降りてきて、まみれてみるようにします。

178 :名無しさん@公演中:04/01/12 16:48 ID:0YeJ0Y7V
シベ鉄、よかったのはわかりましたがどこがどうよかったのですか?
示唆に富むって例えばどんな示唆ですか?

179 :きゅーはち:04/01/13 00:29 ID:dsl4+CgN
はい、わかりました。ではあなたもシベ鉄をご覧になったという前提で具体例を挙げてみたいと思います。
まあ前半60分はもうちょっとどうにかして欲しいけれど、結局ラスト30分ですよね。
・客席を舞台が囲むというのはひょっとするとたいして新しいことではないのかもしれないが、これってよく考えてみるとこれからの
演劇で有効な方向性のひとつだと思いました。だってテレビや映画じゃないんだから、なにも一方向をずっと見つめてる必要はな
いんですものね。
・「二十四」ではミュージッククリップ、そして今回はゲームと、ジャンル横断的な発想もなかなかあそこまで具現化できるものでは
ないと思います。こうしたジャンル横断もこれからの演劇にとって避けられない課題でしょう。
・特に今回は大オチに入ってからの科白が(聞き取れた範囲でですが)重層的な意味(登場人物にとっての意味と観客にとっての
意味)になっていたのは感心しました。
・大オチでは、観客次第でコンサートのようなノリになることもありえますが、そうなると、これも従来の演劇にはない光景が出現す
るでしょうね。

とにかく観客の中に、観劇者としての新しい身体性を生み出してしまう潜在性が伺えたので(僕の中にその芽生えを感じたので)、
それを僕は高く評価しているのです。

180 :名無しさん@公演中:04/01/14 00:05 ID:VmdJuJnk
どっちかっていうと、シベ鉄とかがどうしてダメなのかを論理的にいってくれるのを聞きたかったのだけれど。

181 :100:04/01/17 04:32 ID:aMMIlMKY
>>180
>どっちかっていうと、シベ鉄とかがどうしてダメなのかを論理的にいってく
れるのを聞きたかったのだけれど。

よいか、ダメか、は当たり前ですが、立場によって異なってくると思います。
「演劇は社会の有り様を反映する」という立場であれば、どんなダメな社会
(「悪い場所」)を反映していようと、論じる必要が出てきます。そこには社
会の反映があるわけですから、演劇だけがダメなのではなくて、それが成り
立つ社会がダメ、ということにもなります。
また、これに対して、芸術至上主義に徹するならば、社会など通俗、通念的な
ものを反映していることがダメにということになります。
ミュラーは芸術と政治(社会)が結びつくと致命的な危険を孕む、とヒトラー
を例に語っています。また、芸術と政治の間に軋轢があるのがノーマルだと
もいっています。私も芸術と政治が結びつくことには反対です。だからこそ、
政治と芸術の関係やそのシステムを知ることが大切になると思います。しか
し、誰もが消費者であることから逃れることができない先進国消費社会(北朝
鮮のように物資の配給制度が基幹になっている社会は消費社会ではありませ
ん)においては、政治や社会よりも「消費と演劇」「経済と演劇」ということ
がより現実的な問題になってくるはずです。ここでの私の書き込みはこうし
た視点で書いています。私たちは演劇をする人、演劇の話をする人であるま
えに、否応なく消費者です。しかし、消費者であることと、芸術家、芸術鑑
賞家であることの間の軋轢が問題視されることはありません。なぜでしょう
か。それは、演劇やアートが消費社会の商品である傾向が少ない場合、演劇
やアートが消費社会からの一時待避、閉じこもりの場所だからです。普通は
そうした行為を「癒し」という名で呼んでいるのだと思います。



182 :100:04/01/17 04:34 ID:aMMIlMKY
私たちの身体は日々多様なものを感受しています。しかし、言語によってそ
れら全てを語ることなどできません。意識化されるのはそのごく一部です。
身体に蓄積されたであろうもののなかで意識的な言語によって語ることがで
きるものは少ないのではないでしょうか。そうすると意識的な言語は、ある
「構造」の中にあり、また、言語化できなかったものはその「構造」の中で
は「無意識といわれるものに相当するのではないでしょうか。「無意識」が
表出、表現される形態はいろいろあります。夢、犯罪、暴力、芸術、演劇、
狂気…などです。演劇やアートはこれらの表出の形態の中でも、社会的に容
認されたものです。犯罪や狂気は社会的に容認されていないので、刑務所が
あったり閉鎖された精神病棟があったりします。一般的に考えても、芸術家
と共に生活することはできますが、狂気者と生活することは相当難しいと思
います。
芸術が社会的に容認されている「無意識」だということ(これはフロイトがい
っていることです)を認めるとすれば、社会が認めているわけですから、それ
はすでに言語によって価値が与えられているということを意味します。私た
ち言語的生き物である人間は言語を介在させないで価値付けすることができ
ません。演劇も言語によって価値付けられているので、言語的規範から逃れ
ることはできません。ですから、演劇やアートが言語によって分節化=意識
化されていないというフィクションによって、自分を「癒す」ことなく生き
ることを学ぶ必要が出てくるのです。このフィクションは甘い香りのする、
そして「危険なファンタジー」なのです。なぜ甘い香りがするのかといえば、
私たちの社会が誰が見てももはや最悪だからであり、その悪臭からこの甘い
香りへと逃げ込めるからであり、なぜ危険なのかといえば、そこへ逃げ込み
現実から目を背けることは、さらに自ら強い悪臭を放つことになるからです。
人は自分の発している体臭が自分では気にならないのですから。



183 :100:04/01/17 04:36 ID:aMMIlMKY

昨年のアビニョンフェスはフランス政府の舞台関係者の雇用保険削減政策に
反対して、舞台関係者がストを起こしアビニョンフェスは中止になったので
すが、リオタールという人はこのストライキに関して文章を書いています。
リオタールは、舞台芸術関係者がストを起こしフェスを中止したのは正しい
と。なぜなら、もともと舞台芸術フェスは日々の生活のガス抜きであり、そ
のガス抜きを停止したのだから正しいというものです。さらに、舞台芸術関
係者は自ら乗り込んだ船を自ら沈没させるべきだともいっています。そして
フランス政府はアビニョンフェスを開催させることもできたのにしなかった。
それは開催させる余裕がフランス政府にすでにないから、ということのよう
です。なぜないのか。それはフランスもアメリカ主導の厳しいグローバリズ
ムの波に呑み込まれており、芸術の都とはいえ、また、芸術観光客が多いと
はいえ、舞台芸術フェスを無理矢理開催するほどの余裕はない、ということ
が露呈したということです。そして、この傾向はよいことなのだ、というの
がリオタールの主張です。芸術をやっている人は自らその乗り込んだ船=芸
術を沈めなさい、というメッセージです。グローバリズム下の厳しい生存競
争、就職難、リストラがある中で、そうした事態の深刻さに目を向けさせな
いように、舞台芸術フェスが文化的ガス抜きとして使われていることを早く
終わらせる賢明な方法だというのです。芸術がそうしたグローバリゼーショ
ンへの抵抗であるならば、リオタールはそのような抵抗にこそ、抵抗すべき
だ、とまでいっています。私もリオタールの考えに賛成です。私がここに書
き込んできたようなことは私の「独断」とはいえないのではないでしょうか。
リオタールのこの文章は「舞台芸術」5号に載るそうです。



184 :名無しさん@公演中:04/01/17 21:34 ID:u5Xj3wXW
>100

もういいって。くどい。うざい。回りくどい。


185 :不破 九:04/01/17 22:15 ID:6BWsFRUA
そんな言い方すんなって。演劇だって、くどいし、うざいし、まわりくどいんだから。

186 :名無しさん@公演中:04/01/18 02:10 ID:hE8ztIfL
なんか、内田樹のパラドックス思い出しちゃったよ。
「この世には真実などないのだ」って言ってまわる人間を人は信頼するだろうかってやつ。
「答えなどないのだ」って言う「答え」を言ってまわる人間の言うことを聞ける人間は少ないだろうね。


187 :不破 九:04/01/18 08:29 ID:2boUjTBM
じゃあ、「答えはきっとあるよ!」って言ってまわればいいじゃん。自分ではそう言ってたんですけど、最近ちと疲れた、って言うか、飽きた。

188 :94:04/01/19 06:37 ID:OO1laN+9
 ネットを見られなかったうちにこのスレッドすくすく育ちましたね。自然淘汰
も働いているようですし。
186さんの言うパラドックスはジジェックがよく持ち出す「ユダヤ人の金儲けの方法」に
ついてのジョークと論理的に同型です。しかしこのパラドックスは演劇を含めた
芸術の存在を根元から規定しています。問題は、内田樹もジジェックもパラドックス
=決定不能性を自らの答えを正当化して押し付けるための魔法の道具として使っている
ことです。でもこれは、彼らの言説の生み出すパフォーマティブな効果からの推定
で理論的な批判は難しいのですが。(もちろん私の不勉強が大きいのですが)ただ、
演劇は問いを示すものだと言う私の思い込みもこれにかかわっているわけです。10
0さんはどうもここで上演をしているのではないでしょうか。エチカさんは名前から
して勘違いでは?
    
     それにしてもこういう物言いは恥ずかしい、すいません。(「卑屈な
    精神」を持っているので言い訳しないではいられないたちで)

189 :156:04/01/19 18:58 ID:hGtEl3UR
>188=94
なにがどう勘違いなんだよ。

190 :156:04/01/19 19:13 ID:hGtEl3UR
>100さんへ

文化的ガス抜きゆえだめだというなら、「芸術」に限らず、文化はすべてだめなん
ですよね?スポーツもするな、演劇するな、本読むな、音楽もきくな、そうなりま
せんか?もちろんリオタールには私も賛同しますが、アビニョンフェスとHM/W
とは同一には論じられないと考えますが。
そもそもUさんは、個別の差異を捨象して、普遍性に立って論を立てますが、
ひとしなみに芸術全般は語れないと思います。芸術とは、モダニズムによって世俗化
された「芸能」でもあるわけで、それは共同体が維持されるために必要なものです。
産業ないしメセナに回収されたもの、あるいはその制度的構造がおぞましいのであって、
すべての「芸術」がおぞましいわけではない、というか、美的に享受すること、
ガス抜きもやはり必要です。といって私は芸術至上主義ではありません、念のため。


191 :156:04/01/19 19:22 ID:hGtEl3UR
それにしてもここは面白いと思う。実際、Uさんをはじめよくまじめに議論しますね。
ここでのやりとりはほんともったいないというか。2ちゃんねる的馬鹿からすれば、
うざいんだろうが、うざいなら見なけりゃいいだろ。

192 :156:04/01/19 19:32 ID:hGtEl3UR
2ちゃんねる的馬鹿からすればUさんのはうざいのかもしれないが、うざいんだった
ら見なけりゃいいだろ。いやここはほんと面白いよ。もったいないというか、
不破九さんもおれもやってたとかじゃなくて、語ればいいじゃんか。俺をちゃかして
ぼやきとかいってて、自分、疲れたとかいって。ほんとにぼやかれたら困るんです
けど。まあだれも困らないが。

193 :名無しさん@公演中:04/01/19 22:32 ID:Tqgv3CSN
じゃあ続行ってことで

194 :156:04/01/19 23:05 ID:hGtEl3UR
191.192は申し訳ない、書き込む上で、ミス入力でした。

195 :100:04/01/19 23:39 ID:p53fkH9P
>183の100の書き込みについて、訂正とお詫びがあります。
アビニョンのストライキの話は、リオタールではなくボードリヤールでした。
今日、突然気が付きました。固有名が間違っていました。訂正してお詫びします。


>>186さん。私の答えの話は>>148で書きましたが、そこで私は以下のように書いています。

>ですから、回答はない、というか、できないのですよ、演劇内的には。
>あるいは、芸術内的には。
>そして、演劇内的には、芸術内的には、回答不能なのだよ、ということが
>ミュラーの提出した最大の問題であると私は思っています。
演劇内、芸術内の話に限定しています。パラドクスの話は限定があるのとないのとでは、
ぜんぜん違います。
また、このことはミュラー自身が言っていることです。ミュラーは「テロリズム」をパラ
ドクスだと指摘し、それが芸術の対象だと言っています。私はミュラーのこの考えに批判
的です。「闘いなき戦い」P254〜255に書いてあります。当然ですが、「テロリズム」の
話は芸術内で回答不能です。
>188で94さんがジジェクを引用しつつ指摘しているように、ミュラーもヨーロッパ芸術
を正当化するためにこのパラドクスを持ち出していると勘ぐることができます。
ジジェクはときどきミュラーを引用しています。同じ旧東欧人としてでしょうか。


196 :100:04/01/19 23:59 ID:p53fkH9P
>190の156さん。
フロイトは「文化の否定性」という表題であからさまな論文を書いています。
文化は全てダメなのではなくて、当事者たちの否定性が重要なモメントとなる、と
いう方向で議論にしたいと私は思っています。
日本で言えば、文化人類学者の青木保なども「文化の否定性」について書いています。
私にはこの消費社会において、文化に関わる専門家?の重要な仕事は、この否定性
を認識し、しっかり述べることだと思っています。
共同体が維持される際に必要とされてきた文化は、たとえば、「この唄が歌えることが
この共同体の一員なのだ」という形態のものだと私は理解しています。
モダニズムはたとえ世俗化しようと、前提にしている共同体は上記のような共同体で
はなく、それ自身以外の共同体を駆逐する他者としての資本主義だと思います。
156さんは、資本主義こそ理想的な真の共同体だ、ということをいわんとしている
のでしょうか。
私は意識-言説レベルでは、この他者としての資本主義の崩壊を望んでいるわけです。


197 :156:04/01/21 19:54 ID:QIE5JvkM
>100さんへ
否定性の概念について、もちろんこれからフロイト読んでみますが、よければもうすこし
説明してもらえませんか。
資本主義の崩壊を望むというとき、別の形式の世界ないし社会システムが計画
されねばならないのでしょう。Uさんはコミュニズムがそのオルタナティヴモデル
になるとお考えですか?もちろん私にとって資本主義は最悪の形式であると思って
います。思うのだが、どうすればいいか分からないわけで、そうすると、冒険主義
にしか私の場合は行きませんでした。それはテロリズムのパロディなのかもしれませんが。
生活の現場で私たちは資本主義から逃れられないですよね?

198 :156、続き:04/01/21 20:49 ID:QIE5JvkM
伝統的共同体が資本主義の運動によって変質をこうむっているのは事実ですが、
だからといってそこに資本主義への抵抗の可能性がまったくなくなったという
のではないでしょう。素朴に「民衆」を信頼することなどありえない、彼らは
みな保守で、自らの利権にのみ固執し、自民党万歳じゃないか、と言われるかも
しれないが、そうでない人々もいます。私は地方で育ったので、その前近代的
な因習なるものがどれほど最悪かも知っています。でもそれは資本主義よりは
ましです。といって地方に住めば解決ということでもない。ではどうすればいいか。
Uさんが行っているような分子革命しかとりあえずはないのでしょうが。

199 :156、続き:04/01/21 21:08 ID:QIE5JvkM
それで資本主義と演劇、というか芸術との関係についてです。演劇がその構造
内部に資本主義が入り込んでいる事実をもって、演劇は資本主義を補完するも
のであるとし、ゆえUさんはみなに廃業を勧めるわけですね。それでUさんは
言説において闘争をすべきであるとおっしゃった。たしかに言説による闘争も
必要です。しかしまた上演による闘争もありでしょう。むろん94さんもいうように
書き込みも上演ですし、会議での発言も上演です。それで私はUさんの舞台
での上演、それも演説ではない、「芸術至上主義者」としての、「美学的」な
上演による闘争を見たいと思うし、Uさんはそれをやるべきなんです。

200 :156、続き:04/01/21 21:10 ID:QIE5JvkM
それでUさんを踏襲して、私はこれから156改め200と名乗ります。

201 :200:04/01/21 22:37 ID:QIE5JvkM
連投ですいません(それにしても2ちゃんの文字数の容量は少なすぎる)が、
またほじります。演劇の制度論というか、そも演劇が社会ないし共同体の
ミニチュアであるとして、そこに資本主義の論理が入り込んでいるかどうか
という問題について、なんというか、そこに論理的に同質であるものが
潜在的に存在するということと、その表象、顕在化したもの、見えるもの
との間には、完全な対応関係があるとUさんは前提されていますが、はたして
それはいささか単純ではないですか?かりにファシスムの論理が創作の過程
にあるからといって、結果としての上演がファシスムではないでしょう?
私は上演が価値中立であるといっているのではありません。

202 :はくたか:04/01/22 16:52 ID:kpb33yQO
>183「芸術をやっている人は自ら乗り込んだ舟を沈めなさい」というメッセージについて

芸術が生活のガス抜きになるだけで、それによってグローバリズムや資本制経
済が助長されるだけであるなら、芸術などやめてしまえ、ということはおもく
受け止めます。

しかし、生活のガス抜きとしてならば、たとえばオリンピックのナショナリズ
ムなど、マスコミが提供する情報という娯楽の方がもっとタチが悪い。ワール
ドトレードセンターに突っ込む飛行機の映像ですら、ガス抜きに使われてしま
ったのではありませんか。視聴率信仰の大衆迎合的マスコミは、センセーショ
ナルな情報を求めるばかりで、結果的に優先すべき生活の問題を隠しています。
そんな現状では芸術にはマスコミを糾弾する余地があるので、ぼくは自分の舟
を沈めません。

203 :94:04/01/25 08:57 ID:BZhF5aHd
 100さん、200さん応答ありがとうございます、早速、100さんへですが、私がパラ
ドックスを正当化の道具に使っていると考えているのは、ジジェックです、ミュラー
はむしろパラドックスを生きていた人だと思います、ジジェックはそのような世界と
そこでの生に対して超越的に位置しようとしているように思います。私が彼を信用し
ないのは、ユーゴ内戦に対するあまりに党派的な言動(反吐が出るほど、スロベニ
アよりで、ヨーロッパ中心主義的)によりますが。(ユーゴ内戦については、千田善
氏の本をお勧めします)、ただ、ミュラーとジジェックの関係についてエピソード的
に語ると、ジジェックは旧東欧においてポストモダン的?な反体制派より、原則的な
マルクス主義者のほうが体制と取ってより厄介で鋭い対立をまねく真の反体制派だと
論じ、さらに、アドルノなどフランクフルト学派と、DDRの左翼的反体制派(ハイム、
ヴォルフ、ミュラー、ブラウンなど)を実は自らの属する体制の隠れた補完者で支持
者だとして、証拠としてミュラーの「アウシュヴィッツは自由選挙の帰結である」と
いう発言をあげています(この発言は民主社会と自己規定するBDRに対するあてこすり
の面もあります)。じつはミュラーも、やはりDDRの(自覚的な)正統派のプロパガンタ
詩人であったクルト・バルデルについて,彼の詩自体は否定しながら
ひとたび、党が原則から逸脱した考えたとき、彼が体制の弾圧に徹底的に戦ったこと
を、「私はあのようには戦えない」と率直に賞賛しています。ミュラーの、「芸術」や「
書くこと」はこのような条件とそこでの選択に支えられており、テロリズムを芸術の
対象と出来るのも、そこに関連しているでしょう、ジジェックとの差異は、彼らの一
見同様の発言から帰って明白でしょう。そして、我々がどこにいるのかも
(ジジェックの論文は第2期批評空間の最後期の号に、ミュラーの発言は「闘い無き戦
い」に収録されていた記憶しています、いろいろな理由で手元にこれらが無いので間
違っていたらすいません。
 クルト・バルデルは、クーバと言ううペンネームでも登場します、なお、アビニョ
ン演劇祭を中止に追い込んだ最強硬派に、ユリイカのミュラー追悼号で、鋭い意見を
を披露していたスタニスラス・ノルディがいるのはおもしろいことです。

204 :94:04/01/25 09:47 ID:BZhF5aHd
 前の書き込みでは字数オーバーして申し訳ありません。ただ、私たちがジジェッ
クのほうに(しかもさらに厄介な条件で)いること、統一後はミュラー自身が「書けな
など」なってしまったことなど、100さんの言いたいことはよく理解できます。とも
あれ、断固たるDDR支持者のミュラーと西側に尻尾を振っていたジジェックは違うと
思いますが。
 200さんに対する答えですが、エチカと言うハンドルネームの採用自体が私には書
いている内容とそれをここに書き込むことがそのままつながるという無防備さを感じ
させたので余計なお世話をしてしまいました。

205 :94:04/01/25 10:56 ID:BZhF5aHd
 宣伝?
  
 実は金曜日の夜に、ある店に行ったときに、「ワラッテイイトモ、」という
ビデオ作品を観たのですがこれがかなりいい作品でした。笑っていいともを
サンプリングした素材を多用したかなりぶっ飛んだ作品で、ここでの議論と
も関連するものだと思います。パンフレットを引用すると「2003年、キリン
アワードにて、審査員一同を震撼させ審査員特別優秀賞受賞を受賞した奇跡
的カットアップ作品。本来の映像作品を上映します。」とのことです。
 賞の発表では、キリンの介入で賞の名前を変え、作品自体検閲の跡を残し
た現代美術の作品になったようです。今は、2月1日まで、早稲田のアップリ
ンクギャラリーでオリジナルの映像公開しています。詳しくは、アップリン
クのホームページやクイックジャパンの最新号を見てください。恐らく、他
のスレッドでも話題なっているでしょう。
 今の私にはこの作品や、それにまつわる騒動について意見を書き込む気力
ありません。しかしナンシー関さんのなくなった一年後にこれが出たのは率
直にうれしい。ともかく観てそんなものではないので。

    書き込みに四時間かけましたつらいっす。あー疲れた。

206 :?I´?-?1/2?:04/01/26 07:25 ID:uB3zzjTY
ハイナー=ミュラーが「テロリズムを芸術の対象とした」とは、正確な意味が
よくわからないので自分なりに曲解して書き込むと;

ヨーロッパ言語では、「芸術」という言葉は、「人工物・工作」という意味を
基本としてひろがっているので、そこをおさえて読むのが通の読み方だ。実際、
テロリズムとは工作である。ところで、テロがそのパフォーマティヴな効果に
おいて芸術作品に相当する効果をもちうることをうっかり指摘してしまったの
が、音楽家のシュトックハウゼンだった。彼は9月11日のテロの映像を見て
、これは最大の芸術作品だとつい口をすべらせ、公演&講演がことごとくキャ
ンセルになった。ミュラーがそういうことを言ってもあまり追及されなかった
のは、彼の特異な人柄と9月11日のテロを目の当たりにしていなかったせい
であろう。

ついでに、「芸術至上主義」は「人工物至上主義」もしくは「工作至上主義」
と読みかえても何らさしつかえない。


207 :はくたか:04/01/26 07:37 ID:uB3zzjTY
206の名前が文字化けした。失礼。

208 :はくたか:04/01/27 10:23 ID:5oYuq96L
ジジェクが「西側にしっぽをふっていた」理由の一つとして、スターリニズム
の中に、体制維持のための内部暴力という機構を読み取ったことをあげること
ができる。資本制経済の対外的排他性と、資本制経済を抑圧する体制が自らに
課す内部暴力の恐ろしさの、どちらがより暴力的かという判断にもとづいてい
るものと考えられる。ミュラーがテロリズムを芸術の対象とできる理由はここ
にもある。つまり、テロリズムは体制維持のために内部に暴力を組み込んでい
る機構の論理的必然性であって、そのテロリズムはアメリカへの怨念による復
讐的自爆テロとは異質のものだ。ミュラーの言うテロリズムは論理的だが、復
讐テロは、テロの当事者には祝祭的ですらある。

209 :名無しさん@公演中:04/01/29 21:05 ID:rntZi+Lw
つーかさ、今回のザワールドの芝居について語ろうか。
そのためのスレだろ。

210 :はくたか:04/01/29 23:45 ID:FpbyfkwK
つーかさ、もう忘却のかなたという感じなんだけど。記憶力のある方か、印象
深いものを見た人はぜひ、書き込みください。

211 :名無しさん@公演中:04/01/30 21:56 ID:HTf7lDJD
つーかさ、公式機能しとんの?

212 :名無しさん@公演中:04/01/31 03:55 ID:AogxuOO9
つーかさ、自分で語る力がない奴(209、211ら)は、書き込むなっつーの。
まずは、おたくのさ、てめーのよ、考えを書き込めよ。
そのためのスレだろ。
たとえばさ、OM-2の何度も鳴る「アメイジング・ブルース」のエンディングと、
毎週やってる「白い巨塔」のエンディングとどう違うの?
プロセスは違っても同じ感情のオチに持っていくって感じなんだけど、
あれってありなの?
OM-2がいいっていう奴、どうよ?



213 :名無しさん@公演中:04/01/31 09:05 ID:T+tKrfZQ
この公演を見ていない通りがかりですが、「演劇板でハイナー・ミュラーかよっ!」と思いつい読み込んでしまいました。
こういう専門板的なスレがあるととても嬉しい(チケット取りとかも十分専門的だとも思いますが。)
演劇がテクスト(<社会的文脈としての)として機能するにはこういう参加の方法もありかと思いレスさせていただきました。まだ十分議論について行けない(素人芝居人かつ理系なので文化科学的用語の解読に手間取る・・・)ので一時ROMさせていただきます。

214 :名無しさん@公演中:04/01/31 11:17 ID:Yhqsq1Fp

つーかさ、OM-2の何度も鳴る「アメイジング・ブルース」のエンディングと、
毎週やってる「エンタの神様」のエンディングとどう違うの?
プロセスは違っても同じ感情のオチに持っていくって感じネんだけど、
あれってあり?
OM-2がよくないっていう奴、逆にどうよ?


215 :94:04/02/01 01:45 ID:sbg3uCib
 なんか私が前に書き込んでから急にさびしくなりました。まずは訂正批評空間は
もちろん第一期のほうです。(でもまだ所在不明、インタビュー集も貸した人から
戻ってきません。と言うより連絡取れず。)。もう一つ、キリンアートアワードが
正しい名称です。

216 :97:04/02/01 02:23 ID:uW/x3SNC
演劇の上演に於ける「成功」の基準て何なんでしょう?
たとえば、ミュラーが多大な影響を受けているベンヤミンなんかは、
安易な実践こそ精神の最たる逃避であるということを訴え続けました。
ミュラーのテクストという上演不可能性を狙って書かれたようなテクストを、
フェスの名で大量に曲りなりに上演してしまうという事態に、
出演各団体の苦労に敬意を表しつつも、
何か巨大な「逃避」を感じてしまう……

失敗することに意義がある、
というのがミュラー劇上演の真骨頂だとすれば、
肯定的感想を得た時点でその劇団の試みは失敗だった、
ということになるのかな?

ひねくれ者を相手にするのは難しいですね。

217 :名無しさん@公演中:04/02/01 03:21 ID:4E7Qa7i8
OM-2の「アメイジング・ブルース」のエンディングは亡き土方巽、または去年亡くなった元藤さんのアスベスト館のオマージュな訳よ。OM−2の舞台は過去と現在、未来の時間が交差し、演劇やダンスの歴史物語でもあったわけでしょうよ。

218 :94:04/02/01 03:46 ID:sbg3uCib
 というわけで、とりあえず、はくたかさんへ返答。しばらくご無沙汰して
すいません。ミュラーの文脈にそうと、一つは単純に彼が現実のテロルを素
材としていること(主にドイツやソ連の歴史に沿ってですが、フランス革命
の周縁が舞台の「指令」、ギリシャ悲劇の改作の「ピロクテートス」、その
他)、もうひとつは100さんの言われるように、インタビュー集で彼が人間
の生の本質から来る問題が不可避的にテロルを招くこと、「パラドックス」と
言う言い方も(私の使った意味とは少しずれるのですが、)確かしているは
ずです、彼は芸術の対象はそれだけだといっていたような。手っ取り早くい
うと人間は何かを行ったり、作ったりするが、それは自らが思うとうりでは
ない。そんなところですか。そこで「思うとうりではない」ことを示すこと
が芸術、エレンブルグ(アウシュヴィッツを予告したのは、彼とカフカだけ
では)いわくの「黒い蘭」でしょう、少なくとも、ミュラーにおいて芸術と
は思考を放棄するためのスペクタクルではありません、ニューヨークでのテ
ロはむしろどこかでみた感じのするスペクタクル、かつて、リーフェンシュ
タールが撮り、イラク戦争で米軍が実際にやって見せた(衝撃と畏怖!)行為
と同じでしょう、一つも作品を聞いたことは無いけどシュトックハウゼンの
脳みそを疑いたくなります。少なくともこのようなスペクタクルがあきれる
くらい陳腐だとなってしまった、しかしその現実とニューヨークや他の場所
で起きた事実(これも陳腐ですが)との隔絶(私がこれを語ること自体に、
事件の記念碑を大急ぎで作ろうとすることにそれが示される。)がむしろ芸
術が現れるところでしょう。

  そうそうDDRは東ドイツの、BDRは西ドイツの略称です。

219 :94:04/02/01 04:14 ID:sbg3uCib
 そういえば、はくたかさんのように芸術と人工物を素直に繋ぐと「芸術至
上主義」って、政治の芸術化=ファシズムそのものですね、もちろん、はく
たかさんがそうだと言うわけではありません。
  >>97さん そういえばミュラー(ブレヒトかな?)は、上演の成功
       と、上演が観客に効果を与えることを、区別する必要
       について語ってたと思います(出典が分らん)そこから
       すると「成功」と肯定的感想は違うでしょう。大体、戯
       曲の再現が上演の成功なら、ベケットの作品のように上
       演なんて必要ないでしょう。

220 :94:04/02/01 09:56 ID:sbg3uCib
 はくたかさんへのもう一つの答え、時間が無いのでなるべく簡潔にします。ミュ
ラーの作品や発言をスターリニズムの文脈で扱うのはあまりに単純です。少なく
とも、彼にとってDDRがはいった悪循環は、決して我々に無縁のものではない。と
言うより、>体制維持のための内部暴力<などはどこの社会、どこの時代にもあるも
ので、スターリニズムであることを免れ得る社会などあるのでしょうか、自分はそ
うならないと思える人と話すことなどありません。土台、テロとその後の戦争はス
ターリニズムと共通しているし、文化大革命、あるいは三十年代の大テロルすら祝
祭性を持っていたでしょう。207のはくたかさんの議論は通俗的すぎます。(なお
、ソ連文化の問題は、亀山郁夫の最近の著作、と言うより読書人に載った桑野隆に
よる最新著の書評だけでも参照、ソ連史については塩川信明氏のサイトに直行、
ちなみに、私は全体主義概念の安易な使用や、ペレストロイカの終わった後、唯の
まぬけな前衛もどきから、最近は卑劣な文学教祖になったソローキンの擁護をする
亀山郁夫にはうんざりだが。)ミュラーが、問題にしているのは外部(暴力を正当
に使える場所)を捏造できない社会主義下で、暴力が内向し続けること、にもかか
わらず革命の起源が、資本主義=近代の周縁(外部が捏造される場所)の矛盾にあ
って、それが近代の矛盾の廃棄場として機能したことです。

221 :94:04/02/01 11:56 ID:sbg3uCib
 続きです:ただそのため(だけではありませんが)、ミュラーの東欧反体
制作家としての側面ばかり取り上げる人々は、東ドイツ文学小史の著者を典
型に、彼の第三世界への関心、かなりはっきりと作品(さらにその内部構造
に複雑に絡んでいる。)に現れているもかかわらず、(インタビューではも
っと露骨に、このことはインタビューが作品より時期的に遅いことと関連し
ている。)それを過小評価しようとしているのです。しかし、そもそも第三
世界という言葉が第二世界の出現を前提にしているように、彼の視線はあく
まで近代の矛盾のほうに向けられていた、だから彼はDDRにとどまり続けた、
ささらに彼がDDRにとどまった理由を女性関係のためと発言しているのも同
様です、伝記的にはインゲの(自)死と言う形で直面する性のモチーフも後
期にますます強くなります。一週間前の書き込みでも語ったとうり、彼は自
らが、どこでどのような方たちで書き、語るのかに拘ります彼のテクストや
発言が今も読めるのはそれゆえでしょう。近代が先週書いたパラドックスを
原動力にして駆動していて、次々と新しい「外部」を作って内部化するそれ
が、まだ終わっていないのは事実です、しかし東側と言うう安全弁を取り払
った後でどうふるまうのか、ついにテクストを残さずなくなったとはいえ今
もミュラーが問題なのはそれゆえです。恥ずかしい言い方だけど、現状(ST
ATUS QUO)の正当化の言説とそれを押し付ける力が絡み合った近代への抵
抗のためにね。ただ、ミュラーには近代とヨーロッパの歴史を同一視する傾
向があるのは確かです、しかしテクストではそのような態度を他のものにと
ることはありません。ジジェックとの違いについてもかなり分かると思いま
す、では、勝利まで。

    いささか感情的になってすいません。ほとんど荒らしですね、
    粗雑な論理や言葉で失礼します。
    だけど、100さんは応えてくださいよ
    『でも、これはあなたのために鼓動し続けているんですよ』

222 :214さんへ:04/02/02 05:21 ID:ANe/Zm6C
途中話しを切ってすみません。

OM−2のエンディングをわたしは9・11の慰霊式のことと思っています。
確かあそこでかかっていた曲です。
違う曲だとしても、あの瓦礫の山、ロウソクを見れば誰だってあの時のことを思い出すものだと思っていました。
演劇を見ながらわたしの隣にいた女の子が泣き崩れていたのも、9・11のことを思い出して泣いていたと思います。
「白い巨塔」を思い出して泣いていたとは思われません。
わたし自身はまったく「白い巨塔」のことなど頭に浮かびませんでした。



223 :はくたか:04/02/02 08:49 ID:TIOCZTJ1
そうだったのか。いろいろと論点が見えてきた。
それと、94氏のおかげでさらにミュラーの視線も明確になってきた。
213の通りがかりの方も率直な感想を寄せてください。舞台はひごろ無関係
の人たちが偶然出会える場で、そんな出会いはときには演劇そのものよりも刺
激的だったりします。

224 :名無しさん@公演中:04/02/04 00:11 ID:PsNEbXGE
「白い巨塔」に見えたって。pupupu。「白い巨塔」では死人はいきかえらない、おそらく。

225 :名無しさん@公演中:04/02/06 20:47 ID:IxI3IQyn
億単位の助成金をもらって何をやったの?

オ(キユ・ワガ)ナニー

226 :97:04/02/07 03:04 ID:OVc90XaX
まあ、オナニーに億単位の助成金を引き出しただけでも、
痛快といえば痛快ですね。

227 :名無しさん@公演中:04/02/10 00:49 ID:uPAUnRin

あっはっはっ

228 :名無しさん@公演中:04/02/13 20:53 ID:tCVlb0Dx
OM-2とhmpが大阪でも2月にフェスやるって。

ttp://www.dab.hi-ho.ne.jp/yu-ya/newworld.htm

229 :97:04/02/13 22:11 ID:WrQXa+92
テアトロに西堂さんのフェス評が出ていますね。

230 :名無しさん@公演中:04/02/15 00:40 ID:czUl+t3m
>>228
宣伝うぜー、誰が大阪に行くんだよ。

231 :名無しさん@公演中:04/02/15 21:41 ID:W9NR7wMW
>>97

何て書いてあったんですか?

232 :200:04/02/16 08:45 ID:Y6twvjnv
近代が先週書いたパラドックスを
原動力にして駆動していて、次々と新しい「外部」を作って内部化するそれ
が、まだ終わっていないのは事実です、しかし東側と言うう安全弁を取り払
った後でどうふるまうのか、ついにテクストを残さずなくなったとはいえ今
もミュラーが問題なのはそれゆえです。恥ずかしい言い方だけど、現状(ST
ATUS QUO)の正当化の言説とそれを押し付ける力が絡み合った近代への抵
抗のためにね。ただ、ミュラーには近代とヨーロッパの歴史を同一視する傾
向があるのは確かです、しかしテクストではそのような態度を他のものにと
ることはありません。ジジェックとの違い

233 :200:04/02/16 08:47 ID:Y6twvjnv
>232:すまん!また入力まちがえた。これどっやたら削除できるの?

234 :200:04/02/16 09:37 ID:Y6twvjnv
94さんへ。抵抗の新しいモデルがこのスレの運動にあるのでは。つまり、
わたしたちは議論しようにも場所もないし、そも議論を恐れてもいる。
馴致というか飼い馴らされている。公式bbsが機能せずここが機能するという
のも、日本的関係の特性によるよね。建て前と本音というあのあまりに
単純なバイナリーコード。そうしてハイデガーのいうお喋り。それで、質問は
ミュラーが近代と西欧の歴史とを同一視しているというけど、近代は、いわゆる
近代は西欧が作ったものでしょ?西欧の覇権によって世界がことごとく西欧化
していったのであって、日本はもはや西欧の一部でしょ。もちろん西欧に順応
しきれない部分が、おぞましきもありあるいは抵抗になっているのかもしれない
けど。それにしてもどんどん軍国主義が勢力拡大しているが、どうにもならんね。
97さんだっけ、逃避を非難されてたのは。しかし逃避がほんとうに成立するな
ら、すごいことではないですか。いや私がいってるのは、このフェスは逃避
にすらなってないということです。

235 :200、続き:04/02/16 10:03 ID:Y6twvjnv
サイードかな、大衆を否定するのでなくむしろ大衆とともに、あるいは
大衆を巻き込みつつ、真の敵である少数の国家エリートと戦っていくべ
きだといってたのは。根こそぎ去勢されている私達が、巨大なファルス
にレイプされつづけている現状を、どうするのか。レイプされる快楽に
耽りつづけるのか、小さいものであれファルスを持つべきなのか、一気
にレイプ魔の首を斬るか。私は小さいちんぽより、テロの方が、審美的
にはいいけど。それゆえ私はできるだけ効果的な経済的な凶器を持とう
と思う。それにしても94さん、おれを恥ずかしいねといいつつバリバリ
だね、現代思想=青土社的なもの。いやいいんだけど、もすこしゆっくり
書いてよ。レイプの快楽に浸りきってるおこちゃまたちからオナニスト
っていわれて嫌われるよ。あちきも嫌われてるけどね。

236 :おこちゃま:04/02/16 20:00 ID:mF2gl7Jm
そうなんですよ。
せっかく面白そうな展開を見せているのだから、みなさんもっと噛み砕いてください。

馴致って言えば戦後の日本ってアメリカの馴致政策の賜物だと思うのです。
とくに日本に関して言えば西欧というよりアメリカですよね。
だいたい「象徴としての天皇」って何ですか、奇妙この上ない。こんな変なことよく思いつい
たと思うのです。最近アメリカの奇行が目立ちますけど、ここ50年一貫して奇妙であること
がこのへんからもわかりますよね。イラクの復興なんてのも、日本という雛形を参考にして
いく部分もあるのでしょうか。なんといっても日本はアメリカが世界に誇る「作品」ですよね。

あと、基本的なことですが、やっぱり社会主義って全世界で一斉にやらないと不可能だと
思うのですが。だから挫折したのかなって思うのですが。

あと、博学な皆さんは昨今のアメリカの強硬さについてどのような見解をお持ちでしょうか。

237 :200:04/02/18 03:14 ID:ntrutDBy
いや私はアメリカも含めて西欧といいます。西欧の私生児あるいは鬼ッ子とし
てのアメリカ。で、そりゃアメリカの蛮行どうにかしたいけど、もう誰にも
とめられないってのが現状でしょ。100さんも前書いてたけど、アメリカに順
じる政府を選んだのはわたしたち国民ですから、そういくと民主主義の原理に
より私達は親米派ですよね。口ではアメリカをいくら罵ろうと、大勢の日本人
はアメリカ万歳ですから、私としては著述も含めた小世界をアジールとして
つくるか、あとはもう内戦、つまり親米派との、実際に暴力を使用する戦争
のどちらかしかないでしょう。だいたい戦争反対ってのはありえないんだから。
むろん小文字の戦争と大文字の戦争とは次元が違うが、世界史的視点にたてば
戦争から逃れられた時は一時もないでしょ。戦うしかないよ。ここでもね。

238 :200、:04/02/18 03:44 ID:ntrutDBy
で、内戦でいくとさ、アメリカへのテロ攻撃の犠牲者のみを追悼する連中は
要は親米派ですよね。というかこんな議論みんな分かってると思ってたけど、
アメリカのこれまでの蛮行考慮したら、追悼なんて不可能だよ。原爆で何万人
死んだの?反米派はどれだけ死んでもいいのか?アメリカ白人一人の生命の
価値はアラブ人2万人分くらいか?あるいはアジア人一万人分なのか?
むろんテロだって蛮行だし、自爆テロとかもう、その理性のなさ、たまらんね。
どうせこの後94さんバリバリくるだろうからさ、理詰めではいわないが。というか
私はもう分からないと言ってるんだ。だから何とか分かりたいと思ってくちゃくちゃ
いうのよ。ただねおれはここではテロあるいは戦争と舞台芸術との関連のなかでの
問題を論じたいの。そうすると、別にOM-2の話しじゃなくて、対象が何であれ
「感動した」という時に、9/11の犠牲者を思い、泣きました、って「私はアメリカ
を攻撃する奴を許しません!!」って、きしょい小学校のババア教師のつらに
なってるだろ、って。自分の「良心」を満足させて善人づらすんなよ。この
犯罪者。こう書くとキー!!ってくんのかね。

239 :200、、:04/02/18 04:08 ID:ntrutDBy
だいたいなに、「感動」って。いや私だって感動する時あるよ。
でもディズニーランドの花火見て感動はせんね。つまり、感情のコード
を問題にしたいね。もうさ、負け犬左翼組ミュラー派はむろんミュラー
よりも負け犬だが、そんな場所であるこのフェスに、勝ち組的認識枠
で反応してもどうにもならんよ。チャンパはすばらしく中国はだめって
中国の現状考えればいえないよ。で、つまりは、カタルシスを享受するこ
とで満足するような観客の態度はミュラーとは無関係というか敵です。
たとえば今回のフェスを後始末するのは観客ですが、問われているのは
観客者としてのモラル(エチカといいたいが分かりやすくいう)ということ。

240 :200、、、:04/02/18 04:35 ID:ntrutDBy
日本の演劇がつまんないって、それは受容者の問題が大きい。なんの
根拠もなく動物的反応でおもしろい/くないとか、分析も思考も怠り、
やたら崇拝したがる日本の観客の認識論的態度だよ、問題は。観客が
作品を決定するんだから。このスレッドはフェスの観客のスレッドだ。
で、匿名性という安全なとこにたって、言語喪失したヒスだしても、
卑劣なんですよ。むろんここは2ちゃんだが、もはやここはまじスレ
なんだから、煽りとか揶揄とか中傷とかうざいよ。で、なんか連投する
と、さーって消えるんだよね、「卑劣漢」は。なんでもっとまじめに
考えようとしないの?それで舞台に関わってるつもり?って。たしかに
たかが舞台だけどさ、ほんとどうしたらいい舞台つくれるかね?みんな
考えようよ。いやたしかに私は思考者の連帯ほしいね。つまりこのスレ
は思考の交換が行われ(たりす)るから私は書くんです。

241 :200、、、、、:04/02/18 05:07 ID:ntrutDBy
日本演劇のつまらなさの原因についてもうひとつ。友人の西欧人と話してて日本
は国家度が弱いとのこと。つまり西欧の国家はもっと明示的に権力が露出して
いるのに対し相対的に日本の国家はおとなしいと。むろん私としてはその日本
国家の陰湿さが最悪だといったが。ミュラーが国家度が高くなれば演劇の政治性も高まる
とギリシャの人の言葉を引用していた気がする。私としてはそれゆえ国家、社会
への批判意識は、創作の規準のひとつとなると考えたい。

242 :200:04/02/19 07:32 ID:dWViu5/Z
戦争から逃れ得ないということは、いいかえれば人間の行為はすべて戦争と
関係する、あるいは行為はすべて戦争であるともいえます。ある陣営があり
それに対立する陣営がある。演劇もその遂行自体、戦争であるといえます。
戦争の原因は個別に異なりますが、それは争いという意味では同一である。
なにがいいたいかというと、前から書き込んでることだけど、日本では演劇
がその本来の機能を果たしてない、と。国家や正統的権力を、たとえば諷刺
の手法なりで批判する、というのが、ないですね。あってもそれは少なくとも
一般的ではない。神楽などで時々残ってたりしてますけど。ようは能も歌舞伎も
現代演劇も、去勢され、国家にとって正のイデオロギー機能を果たすようになってる。
つまり民衆でも大衆でもいいが、思考を奪うようなものになってる。そのひとつ
の兆候がまえにもいった「感動」ないしイリュージョンのイデオロギーです。
舞台ファンはようはアリストテレス主義者かブレヒト主義者かのどちらかでは
ないですか。

243 :94:04/02/19 19:34 ID:xvVKzyZS
 どうも、しばらく覘いてていないうちに、200さんがたくさん書き込んでます、私
に当てたものも多いので、時間が無いですけど返事を。でも、私は火曜日に「アル
・ハムレット・サミット」を観て「感動」しちゃったんですね、その後、ある程度
客観的に考察できるようになったけど、自分が「感動」した事実はまだ処理出来な
いんです。ま、その日はかなりあれこれあって、それ以来行動不能です。これを書
いて気を静めています。誤解があるので指摘すると、ミュラーの西欧性については
100さんに答える文脈ででています、ですからこれは私がつけた留保です、重点は
はっきりと後半に在ります。といって今気づいたけど、パラドックスは限定の付け
かたで、まるで違うとかいてますが流石に正確ですね、全てのパラドックスはある
領域設定のもとで存在します、問題はこの領域設定を誰が行い、いかにしてそれを
正当化=押し付けるかです、近代の問題は当然これと連結しますつまりパラド
ックスの設定が領域の遂行的な確定と同時に行われることです、要するに領域の力
による確定が、時間的に先行するが、それに抗うがわはそれに反応するために近代
の認識枠と方法を導入し、パラドックスに入り込むと。結果として近代の領域設定
を受け入れてしまっていると、そしてその後に行為するもの(我々=近代人)は近代
の領域設定を不可分の前提とせざるを得ない、といったところですか。ついでにい
えば、この領域設定はどうも18世紀末に行われたようです(まんま、「言葉と物」
ですが)、問題はとすると領域設定の力はどこから発しているかですが、歴史上の
事件としてはイギリスのインド植民地化とそこからのあらゆる形態での収奪と、そ
れによる資本蓄積を背景とした世界史上初めての持続的経済背長(いわゆる産業革
命)です。そしてこれは政治的にはまずフランス革命とナポレオン戦争、さらに芸
術や思想、文化ではドイツロマン派、さらにそれはイギリスに行ってそこでもロマ
ン派が形成されると、(従って、ワーズワースやコールリッヂと違ってブレイクは
ロマン派ではありません、しかしそれ以前でもないむしろ

244 :94:04/02/19 21:22 ID:xvVKzyZS
 彼やサドなどの位置づけはむづかしい、あるいはゲーテすら)。ともあれ、
ここで初期ロマン派近傍に現れる、ヘルダーリンやクライストたち、遅れて
ビュヒナー(無知なのでしかっりしたリストは作れない)は近代への本質的「抵抗」
の最初の系譜を作ります。ここまでくると、バーキアン保守の不可能性(という
よりは下劣さと知性の欠如で、バーク自身は能天気な間抜け)、それと相似的な
近代の保守主義や自由主義の難問(パラドックス!)と本質的な暴力性が解るでしょう
。19世紀に自由主義、保守主義、ナショナリズムとのねじれた関係や芸術の本質的
政治性(本質が続くね)がでてくるのも、今言った歴史性と構造ゆえです。社会主義
もこの段階では近代に対して特に批判性を持ってはいないわけです、特に持ってい
ないというのは別に悪いことではないのですが、48年の革命からパリコミューン
にかけてそれが現れ、同時に近代のパラドックスの呪縛と現実における勢力も強く
なってきます、つまり、社会主義、の可能性とはやはり両義的だったのです。さら
に、言えば、これは現在の問題に直結しますがこの時代は国際法はヨーロッパでし
か通用しません、アヘン戦争や日本の開国過程を少し見れば明白です。あの露骨な
近代化主義者のマルクスですら、第2次アヘン戦争を国際法を踏みにじる不正なもの
だと指摘しています。英国が二国間条約を一貫して守る傾向があるのは、非ヨーロ
ッパにおいて条約や枠組みを設定するの力とその既存の積み上げがあるからで、ド
イツやロシアはその逆なわけです、当然日本がどう振舞ったか言うまでも無い。国
際法はウェストファリア条約から「戦争」の恐怖を基盤として、非限定性と無差別性
が付いてきます、これは近代に対する、やはり両義的とはいえ抵抗の可能性です、
ですから、香港返還は決定的な前進と評価すべきでしょう、そして、その始まりか
ら原住民の絶滅をもとにした植民地であり、国際法の範囲=ヨーロッパ+αから超越
していることを基本とする合衆国は覇権国になるのが必然であり、今の状態は末期
症状とはいえその本質(また!)にかなっています。それを「軽い帝国」といって
批判する連中は歴史と近代の本質(げっそり)に対して全く無知です。

245 :94:04/02/19 21:52 ID:xvVKzyZS
 上記の文章は、「アル・ハムレットサミット」からのインスパイアされた
もので200さんへの返答を予定していますが、一向、本題に行きません。後
続けますが、あ、236さんにも答えてる。それと別に、私はOM=2の上演にはア
イロニカルに肯定的だったんですが、今はちょっとちがいます、でも、具体
的に上演にふれるべきですね、そうでないとスレッドが機能しなくなるでし
ょう、例えば、「タイタス」の上演では上演の際のテクストの刈込とそれを
おこなった演出意図により、今まで気づかなかったテクストの構造的な可能
性に気づいたという個人的体験はありました。舞台としての成功とは別です
が、ここに書き込んでいたことはその体験に二重に負っています。ですから
このスレッドへの書き込みというのも私は意味があるんだけど伝えるのはや
はり困難です。

246 :名無しさん@公演中:04/02/20 12:19 ID:hl5qgq43
>>243-245
97さん、あなたの文章はかなりの「踏まえ」を必要とするうえに、文章が解りづらい。
不勉強ですいませんが、ちょっと教えてください。

・「18世紀末に」設定された(ようである)「近代の領域」とはどんな内容のものなのか。
・「バーキアン保守の不可能性」とは何か。そしてバークとは何を言った人なのか。
・「近代の保守主義や自由主義」が「本質的な暴力性」を持つとはどういうことか。
・(>>19世紀に自由主義、保守主義、ナショナリズムとのねじれた関係や)
 「何」と「19世紀に自由主義、保守主義、ナショナリズムとの」ねじれた関係なのか。
・社会主義の可能性が「両義的」とは、何と何においてのものなのか。
・「非限定性と無差別性」を持った国際法が近代に対する「抵抗の可能性」において「両義的」
 である、とはどういうことか。
・合衆国が「国際法の範囲=ヨーロッパ+αから超越していることを基本とする」とはどういうこ
 とか。

この辺がよくわからないと、上記の文章は大変難しい。
噛み砕いてください。お願いします。だれもついてこなくなりますよ。

247 :おこちゃま:04/02/20 12:21 ID:hl5qgq43
「アル・ハムレットサミット」のどこがどうよかったのでしょうか。
僕は以下のような感想を持ちました。
・『ハムレット』の現代へのアダプトの仕方は「よくできました」といったところ。『ハムレット』の
 構造(あるいは現代からの視点で様々に議論されているであろう、この作品の持つ意味)自
 体は生かされていないような気がした。つまり『ハムレット』でなくてもよかったのでは、と思
 わせる程度のアダプトであった。
・大した演技をしていなくても顔をアップにした映像を見てみると、何かそこにドラマティックな意
 味が読み取れそうになる。改めてテレビドラマに出て来る俳優達がいかに下手なのかを再認
 識した、あるいは映像というものがいかに嘘を作り出していくかという構造が手に取るようにわ
 かった。

248 :94:04/02/21 07:23 ID:no41dma6
 かなりきつい突っ込みありがとうございます。今の段階でできる限り応えます
     一つ目の質問:一番難しいのですが、補足的に説明すると、以前書い
            たとうり、近代はその周縁領域に外部を捏造して、そ
            れを内部化するという運動で成り立っています。ただ
            捏造された外部しかもたない、外部を求める事と見出
            されたものが既に近代の用意したものであることが、
            パラドックスで、100さんの文をパラドックスはある限
            定の元で成り立つということと解し、その限定を領域
            設定といっています。ですからいわば近代が作られ拡
            大して行く、条件を作ることです。
          2:バークは、18世紀にフランス革命を行った政治思想家
            革命の理性信頼に対して、既成秩序に依拠した漸進主
            義をとなえました。バーキアン保守とは、その後の何
            であれ歴史の自然な蓄積として資本主義秩序を擁護す
            る立場(合衆国の保守本流を念頭に置いてます、ネオ
            コンと区別してます)それに対する批判とは、端的に
            資本主義秩序が暴力によって作られたこと、それが絶
            えざる拡大運動を必要として不安定で行き詰り始めて
            いること、基本的に論理でなく現状の追認によって遂
            行的に体制の思想として機能することです。
          3:基本的に上と同じ、近代の思想は19世紀には正当化の
            源泉を理論的には超越的なものに、現実的にそれが唱
            えられている社会内での優勢な力に求めます。
          4:各思想がしばしば、それが置かれるコンテクストによ
            って違った思想と結びつき、支配体制や社会階層との
            支持、抵抗、結合が変わることです

249 :94:04/02/21 08:07 ID:no41dma6
 続きです。 5:社会主義はそれが近代内の矛盾を源泉とする勢力によるとはい
         え、やはり正当化における論理と遂行的な力のずれという近代
         思想の特徴を持つ近代のものであること、従って近代の問題を
         抱えもっていることです。要するに近代による近代批判である
         ということです。
       6:端的に、国際法は、近代と同じくヨーロッパ産で他に対する押
         し付けですから。
       7:合衆国は、ヨーロッパにおいて宗教が社会に対して絶対的な位
         置をを持たなくなる過程で、宗教的な結合により植民した社会
         が、その性質を維持したまま独立し、ヨーロッパに対しては反
         世俗的な宗教性を持った「神の庇護の元の」国として決別し、
         植民地国家としての起源とその後の拡大ゆえに非ヨーロッパを
         対等に扱わない支配対象としたということです
 
 246さんは、かなり分かっていることをわざわざ質問しありがとうございます、
243でかいたとうり、かなり状態がよくなく、しかも書きながら考えたため、脱線と
飛躍が多かったことは謝罪します。しかし、245はスレッドは色々な書き込みが必要
だと考えて別の話題展開をしたのでちょっとちがうのでは?ちなみに、私は94です。


250 :94:04/02/21 08:35 ID:no41dma6
246さんへ、「感動」というのは200さんの用法を意識しています。ですからかなり
アイロニカルに使っています、ただ素朴に言えば、私は、「ハムレット」のゴンゴ
ーザー王殺しに当たる場面の後、クローディアスがダラー(アラー・ドル)の神に懺
悔するシーンに、ハムレットと自らの反復、やがて起こる破滅と自らの努力の崩壊
を認識する悲劇を見て取り、アラブ近代の歴史の結末と重ねて涙したわけです。
 なお、私の観たところ、作者はかなり徹底して考えて構造を変化させています、
見事に新い劇に変えていると思います。次ぎの意見はもっともだと思います。きち
んとしたことは、メールからコピーしたいけど方法が分からん。とほほ。
 

251 :200:04/02/21 15:20 ID:L+4DJH7N
94さんね、やっぱり文章的な問題ありますよ。いいこと論じてるんだからあせらず
いこうよって、私むかし小論文の添削の仕事やってたからね、ついいいますが。で
例えばさ、「合衆国は、ヨーロッパにおいて宗教が社会に対して絶対的な位置をを持たなくなる
過程で、宗教的な結合により植民した社会が、その性質を維持したまま独立し、
ヨーロッパに対しては反世俗的な宗教性を持った「神の庇護の元の」国として決別し、
植民地国家としての起源とその後の拡大ゆえに非ヨーロッパを対等に扱わない支配
対象としたということです」ってね、なんども読んでもね、不明瞭ですね私には。
これは、ヨーロッパにおいて宗教が世俗化していった。アメリカに渡った殖民連中は
世俗化されないまま、つまり宗教的な結合を保存したまま、独立した。それは反世俗的
な宗教性をもった国としてヨーロッパから決別した。うんぬん、と、いいたいことが
分かるからまあいいんですが、不親切ですな。
私の文章をね、その修辞的性格ゆえ94さんは批判しもしたがね、94さんの文章は悪い翻訳文体
ですよ。この種の文体は一見強固な理論語で防御されているが、その論証的能力
がすこし足りないですよ。ついでに質問です。植民地国家としての起源を持った
国が、それゆえ非西欧を対等に扱わないとおっしゃるが、ここも論証足りないと思う。
なぜそういえるんです?植民地国家だけじゃなくて、なんというんですかその対立
概念、というかヨーロッパの国家のことですが、「正統国家}?、まあいいやその
伝統的国家とでもいいますか、そいつらだって別に対等には扱わないでしょ?94
先生、教えてくれ。

252 :ちゃま:04/02/22 01:31 ID:bVCymmwA
>246さんは、かなり分かっていることをわざわざ質問しありがとうございます、

あまり買いかぶらないでください。知識ないです。ただ素直に読んでの感想です。

思いっきり乱暴にまとめてみるとこういうことですかね。

・資本主義とは本質的に「侵食的」なものである。
・社会主義とは本質的に「近代的」なものである。
・国際法とは本質的に「西欧的」なものである。

・そして「近代」や「西欧」が否応なく相対化されつつある現代においてわれわれは圧倒的に
 侵食的な「資本主義の権化アメリカ」のグローバリズムを前に対抗すべき手段を持たない。

『アル・ハムレット・サミット』
つまりもはや資本主義は人間の持つ闇とか「悪」そのものになっちゃってる、にもかかわらず
「ダラー」とか言って信仰にすらもなってる、そんなアンビバレンスが泣きどころですかね。な
んか、ひとごとじゃないですね。

ここ面白いスレなんですが、スレ違いと突っ込まれないかという懸念もある今日このごろです。
それにしても100さんがすっかり姿を消してちょっと寂しいですね。ていうかもっと、いろんな人
がストーミングしてくれると面白いんですけど。

253 :うわっ。:04/02/22 01:37 ID:bVCymmwA
>>249  ちなみに、私は94です。

今気づいた。すみませ〜ん。

254 :続き:04/02/22 01:44 ID:bVCymmwA
あ、あと、そうですね、200さんに同意で、
アメリカが「アメリカン(あるいはネオコン♪)」なのはその宗教性ゆえみたいなとこ、僕も伺いたいとこです。
資本主義の権化だからって、必ずしもそろばんずくでもないってことですか?確かに昨今のキモいくらいの
アグレッシビティはなんか奥が深そうな気はしてましたが。

255 :94:04/02/22 04:11 ID:nwqhHpmO
 簡単に書き込みます、ちゃまさんの文章をみてあれっと思ったのですが、まとめ
をみると七つの質問と微妙に違うのですが、本質的という言葉の3連発でまとめた
せいですかね。資本主義=近代(実は、私は資本主義について真剣に検討する事が
無いので近代という言葉で代用してます。)と違って、後の本質的には近代的だが
別の可能性があるとまとめ、それを両義的と書いていたので、質問の内容からその
構図はわかってその具体的なところや、はっきりしないところを聞いていると思っ
たのですが、どうでしょう。えー、後段の文章については、上のとうりで、「西欧」
は相対化されても、「近代」は健在です、ただ奥深いところで揺らいでいますが。さ
らに近代世界は力と富と文化のヘゲモニーを持ちその全体を動かす中心国を必要と
すると、それが英から米に移行したのが二十世紀です。覇権国は両国と候補国だっ
たドイツも含め非合理的な本質を持ちます。現代はいくらきしんでいても「近代」で
す。「アル・ハムレット」は非西欧が近代に組み込まれてそこで生じる悲劇ともい
えるわけです(それだけではないのが重要ですが)、原理主義者ハムレットの信じ
る神と、世俗主義者クローディアスの信じるドルが同じ近代人の空虚な信仰対象
にすぎないのが問題なわけです。近代人は、その本質上持つ不安ゆえに信仰を必
要とします。ただ、まさに他人事じゃないんですそれが「アル・ハムレット」の凄
いところです。
 

256 :94:04/02/22 05:09 ID:nwqhHpmO
 200大先生も、文章の批判をしてますね。論理の飛躍はいつものことですがす
いません。でも、私について話す時「他者がいない」といったのは大先生でしょ。
そう簡単には直らないのも知ってるでしょう。おまけに、私は文章一年生ですから
。植民地国家とは、西欧からの植民者が作った国ですよ、文脈から明らかでしょう
。オーストラリアやかつての南アフリカが典型です、混血が進んだラテンアメリカ
はかなり違うけど。要は、アパルトヘイトが基本にあります。オーストラリアが合
衆国の手先なのは偶然じゃない。

 ところで、このスレッド三人で書き込んでいてさびしいですね、実はアルバッサ
ーニ氏に直接、「アル・ハムレット」は、ミュラーの「ハムレットマシーン」を意識
して、西欧の伝統が無いところで「ハムレット」を再構築する試みだと聞きました
。無茶だけど、東京国際芸術祭(それにしても凄い名前)の外国招待作の感想を募
集します、レバノンの「ビオハラフィア」も、ストレートな演劇ではないがかなり面
白かった。次も、観ましょう。単に私が読みたいだけですので、ほかにスレがあっ
たら教えてください。全部の対応は出来ないけどスレの参加者を増やすためにもね。

 さっき、テレビを観てたら高野文子さんの「るきさん」についてマンガ夜話でや
ってて久しぶりに面白かった。彼女のマンガが85年辺りを境に変わっていると、夏
目氏が行っていて、この辺りでの文化の変化が気になっている私は面白かった、「る
きさん」と「沈黙の艦隊」がこの時期に対極にあったというのも納得。実際、かつて
見た「沈黙の艦隊」についての回はサイテーでしたから。完全な板違いですいません。

257 :名無しさん@公演中:04/02/27 16:22 ID:UdiyDx8w
相互リンクしとこ。
http://hobby2.2ch.net/test/read.cgi/drama/1077164446/

258 :はくたか:04/02/28 00:38 ID:MCtFZfs7
「近代」にあらがうためには「近代の領域」に入り込まなければならないとい
うパラドックスの構造そのものは、言語の問題ですか。それとも力(資本?軍
事力?)の問題なのでしょうか。何となくイメージできるのですが、具体的な
事例を考えるとそのイメージが消えてしまいます。「近代に内部化された周縁」
の具体例はないでしょうか。「捏造された外部」が、すでに自分が持っている
パラドックスであるとしたら、それは言語の問題のような気もします。前提の
領域設定をするその政治性が近代の問題なのですか?なんだか分からなくなっ
てしまいました。

259 :名無しさん@公演中:04/02/29 00:01 ID:6p/nZAEy
>>255
「両義的」であってもけっきょく「近代」は「近代」、つまり何か可能性を持っていたとしても
現代にとってそれは有効でないんじゃないんですか?だからこそ社会主義は挫折したん
じゃないんですか?どうでしょう。その「可能性」について伺ってみたいです。

僕にとっては「近代=資本主義」ではないです。資本主義は欲望とかそういった、言語化
できないような部分を前提に持ってるじゃないですか。社会主義のようにすっきりと理論家
できないですよね。

>>258
たとえば演劇で「リアル」とは何かと追っていったときに、なにか「典型」のようなものにたどり
着いて安心する、ほんとはその「典型」のなかに内部化されずに残っている「周縁」が存在し
ているのにそれらは瑣末なものとして切り捨てられる。やがてこれら瑣末な「外部」もいつしか
問題化されて、そのなかでまた「内部」と「外部」の区別をつけて安心する、という運動の繰り
返しじゃないですか、「近代」ってのは。「わからないものをわかりたい」っていう人間の業です
ね。そんなご時世に芸術ぐらいは、最早わかろうとしなくていいんじゃないか、って方向で行っ
たらいいと思います。

260 :94:04/02/29 04:37 ID:hy3swyJS
 はくたかさんへの、返答をまずすれば、あえて言語の問題だと回答します、イン
ドの植民地化のどこが言語の問題何だとといわれれば、非言語的原因が近代の登場
に必要だという私の思考からこれは近代の内部には無いということになります。言
語の問題と考えるのが、あえてなのは言語には事実記述的側面と行為遂行的側面の
両方が在る(厳密な区別が実は出来ないことはおいておいて)という前提が元にな
っています。まあ、例えばナショナリズムが典型でしょう、近代の非西欧の歴史に
おいて、この近代の産物がいかに両価的に機能したかは解説書を読んでください(
歴史でもナショナリズムに関しても)それ以上は私も知らないので。ただ、ナショ
ナリズムに対してパトリオティズムを対置してそれを称揚する思想には、はきっり
と反対です、たとえ、パトリオティズムが理論的にナショナリズムの起源として仮
構される必要があるとしてもね。理由は、要するに正当化の論理とその遂行的側面
とのずれを近代の開始時に持った力・資本・構造的権力によって無視できる覇権国
の信仰に過ぎないからです、1948年の著者になる、(密告者)ジョージ・オーウェ
ルがこの考え方の代表なのは当然です。その、間違いもイングランド(英国ではな
い)にいま排外主義が蔓延しているのを見れば明らかでしょう。覇権国の交代が世
界大戦を必要としたように、近代が、始まりにおいてもその後も暴力・経済におい
て自己完結していないのが問題です、領域を前提で設定していることはまさにその
一つです。


261 :94:04/02/29 06:03 ID:hy3swyJS
 259さんに返事です、単純に言って近代と現代の区別をしないのが私の思考です。
要するに近代はまだ続いているし、その外なぞ見えないという立場です。私は現代
という時にたんに同時代もしくは二次大戦やドルショックのような断絶以降をさし
ています、しかしそれは近代の内部です。芸術や思想のポストモダニズムはモダニ
ズムの芸術や思想が行き詰った後での試行錯誤じゃないでしょうか。このサイトに
延々かいたように、ミュラーのテクストから読み取ろうとしているのがその可能性
です。現実の革命が悪循環に陥った後その限界から立ち上がるのが、モチーフ的に
は、女性や第三世界なのです。そして、それは現実の革命が起こることなしにはあ
りえなかったと、はっきり言えば、それが(マルクスに反する革命である)ロシア
の十月革命でありソ連なのです、社会主義の終焉なんてソ連の解体が根拠です、乱
暴に言えば米国は自らの安全弁をエリツィンのような全く偶発的に出現したエージ
ェントの力にたよって破壊するほど追い詰められていた、それで10年の時間を稼い
だだけです(世界とロシアにとっては不幸でしたが)。
それと、近代と資本主義の関係ですが、私は資本主義を近代の下部構造として扱っ
ています、かなり政治と経済に限定しています。この資本主義の部分の不可欠性が
近代の構造と行く末の把握に必要ですが、私は経済学が不案内なので資本主義とい
う用語をあまり使いません。ポストケインジアンの論文の末尾に資本蓄積のケイン
ズ理論への導入があったので、マルクス経済学はそのためにあるのでは、と思った
りもするのだけど途中の数式が読めないのでは。しかし、資本主義の解明に必要な
欲望の分析ついては、私はまさにそれを近代という領域を解析することで行いたい
わけです。それに言語やそれに類する表象を介しない欲望など存在しないと思うの
ですが。それから、(柄谷行人の名言?にあるように)「社会主義者」はいても【
資本主義者」はおらず「資本家」だけがいるでしょう、二つの言葉は明らかに位相
が違うでしょう。

262 :94:04/02/29 06:17 ID:hy3swyJS
 それにしても、259さんの後半の文章は上手くて面白いですね、ちゃんと、演劇の
話だし、結論はともかく一年生としては憧れますね。書き込んでくださって感謝しま
す、ここ三日ほどかなり忙しかったのですがアル・カサバも行きました、とりあえず
演技の幸福なところでは人間は不幸だとべたに感想を述べときます。257さんにも感
謝、弱者同盟ということで(ひどいね)。しかし200さんへの返答がまだ。

263 :200:04/03/01 01:37 ID:qpN5dx4r
>>261の94さんへ
また!言語が問題であるということと、社会的政治的現象と言語がどのように
関連しているかということとが、一気に飛躍しておりますよ!
ポンティいうところの上空飛行的思考です。あるいは観念論、というとドイツ
観念論のひとたちに悪いが。近代の問題が言語にあるというとき、あなたの
説を聞いてると、あたかも近代以前には言語がないかのごとくだね。
それに事実記述的次元と行為遂行的次元とを分割したオースティンの議論も
すでにスコトゥスとかオッカムとかが議論してますよ、もちろん概念は違う
が。
あとね、解説書よんでくださいなんてね、ひとばかにしすぎじゃないの?
それいうならどの本がいいかとか明示すべきだし、そもそも解説を求められ
てるんだから、知ってるかぎりで解説すべきじゃないかしら?
「理由は、要するに正当化の論理とその遂行的側面とのずれを近代の開始時に
持った力・資本・構造的権力によって無視できる覇権国の信仰に過ぎないから
です」って、また文が分節化されてませーん。


264 :200:04/03/01 01:43 ID:qpN5dx4r
>>261じゃなくて>>260でした。

265 :200:04/03/01 02:01 ID:qpN5dx4r
近代性の問題の特質が言語にあるというとき、言語の問題と力の問題とは
そもそも分離できないはずですが?「わたしたちは近代にある」という
自己撞着的にして自己否定的な認識こそが近代性の問題ではないですか?
近代とそれ以前とを分割する歴史主義的思考というか。近代以前の歴史認識
のパターンにはいくつかありますが、たとえば循環モデルとか、ひとつの
起源からずっと一直線に持続している認識モデルとか。そうしたものを
否定して、本来恣意的なはずの分割線を、あたかも必然的ひいては絶対的なもの
とみなしたのが、近代でしょう?神話的世界観を科学の名の下に否定したり。
しかし科学もまた疑似神話なんだから、それはただたんに暴力的に別の世界
認識モデルを無化しただけのこと。近代とそれ以前/以外との分割はまさに
暴力的に設定されたんですよ。たぶんね。たぶんというのはこうしたことを
もし論証しようとすればフーコーが読んだのと同じくらいあるいはそれ以上
読まないといけないから。

266 :200:04/03/01 02:21 ID:qpN5dx4r
ナショナリズムでもね、言語論的分裂もまあ重要な視点だけど、みずからを
近代的と称するある一時代の認識様式をもった国家が、「臣民」ではなく
「国民」という枠で、民衆を説得=支配しようとしたってことでしょ。
でそのときもまた国民/非国民との分割が、あらたに「人種」の概念なんかと
連係して、差別などの暴力的事象を産み出していったんですよね。それは
時間的には「民族」史観にも変型していく。まあこのへんは別に常識だから
別によくて、ぼくが聞きたいのは、言語論的転回を踏まえた94さんが
いまぼくが書いたような概念の政治学みたいな論をどう斬るかなってことで、
つまりオースティンの議論でどこまで従来の社会学を転回すんのかな。

267 :200:04/03/01 02:49 ID:qpN5dx4r
すこしは演劇へと旋回しなくてはならないので、近代性と演劇の問題では
94さんはいかが?中世では典礼劇など、儀式モデルであったのが、いろいろ
変転し、市民劇を産んだなんて演劇史の本には書いてあるけど、ここももっと
社会学とかの議論を踏まえていかないとだめですね、というかその手の本あるんだろう
けど、日本語で読める本で、どなたか知りませんか?
監獄、病院、工場、学校についてのフーコーの分析のなかに劇場論あったっけ?
日本の話しでは悪場所論とかか。ちょっと読んでみますが。

268 :94:04/03/01 08:21 ID:AE7meccA
 とりあえず、200さんに大急ぎで263に回答、飛躍の前提には「あえて」とい
う言葉があります、近代のパラドックスの構造そのものが言葉か力か問われたから
「あえて」言葉と答えたのです、そしてその例示をしているのです。要するに回答
として書かれたから飛躍しているのです、さらに「あえて」と書いてそこに留保を
つけたのです、不親切だと思うので付け加えれば、当然正確な答えは両方です(と
いうか区別出来ない)「返事」だと最初に書いているでしょう、本を明示しろ?限
定できないほど多くの本が出ているでしょう、少なくともどこの近代史の通史でも
例として十分でしょう、ナショナリズムについても私にはぴったりの本など上げる
能力が無い、その能力があるならやってください。私は、例示を求められたがさら
にそれを解説するのはさらにそれを求められた時でしょう。分節化されていない?
その文は、パトリオティズムという主語が省かれているだけです。前の文脈から主
語は十分に認識できます。不親切は認めます、読みやすいよう句読点も増やすべき
ですね、それが無いのが分節化されないという仰々しい言葉ですか?中世哲学につ
いてはぜひ解説を、265の最初と266の問いは以上の回答と本文を読めば意味が無
いことがわかります。近代の把握の違いについては、分割して別に論じるべきでし
ょう、土台数日前に話してた時にいくらでもそのネタでツッコメたでしょう?基本
的に同じ近代論で話していたのですから。まあ、ナショナリズムについての捉え方
もずいぶん違うし、演劇の歴史などきちんと考えるべきでしょうが、ところで週末
なんか舞台とかみましたか?

269 :200:04/03/01 15:37 ID:qpN5dx4r
いやそこまで開き直るんならつっこむ気もなくなるので、しょうがないなあ
という感じですがね。言語の事実記述的側面と行為遂行的側面とのずれが
近代にのみ固有なことだと考えているんですか?ということを聞いているんですが。
本の明示についても言語行為論を前面にだしたナショナリズム論はあるんです
かと聞いているだけなんですがね。ぼくの場合は10年前に読んでたゲルナー
の論をなんとなく思い出しながら参照してます。ぼくはひとつのことを聞いてい
るにすぎません。言語行為論的視点はどこまで有効なのかと。それにしても
あなたのように他者からの問いかけを無化するのであるなら、こちらもあなたの
論を無化するしかなくなるんですが。


270 :はくたか:04/03/01 20:14 ID:M6BZAanE
おやおや、258のぼくの質問のせいで互いにあげつらわせてしまったようで、
なんだか申し訳ないんですが、でも、おもしろかったです。

271 :94:04/03/01 20:36 ID:uKWvDqgl
 もちろん、固有なわけ無いでしょ、大体言語に関する前提を述べたところを何故
近代固有と解釈できるのか、わかりません。ましてや、中世のことを知っているの
ですから。次の質問は論理的に意味がなくなるでしょう、答えは、言語行為論に触
れたところは、文脈上は留保の部分にあるということです。とりあえず、ナショナ
リズム論については言語行為論の文脈はほとんどありません。私の文章が全部地で
図がないといわれるぐらいですから、誤解はわかりますが。問いかけを無化すると
いうけれど、逆に真剣な答えとはどうやって出来るのでしょうか、本気で聞いて
います。どうだっていいけど、NHK(BSだけど)のニュースキャスターは目を開け
て寝言を言う能力があるんだね、すごいなー。

272 :200:04/03/02 14:03 ID:wMhg0kQo
>>260だがね、というか94さんの延々たる書き込みはもう読む気がしないから
そこに限定するけど、「あえて」だろうが解答だからだろうが、近代の問題
は言語にあるといってんでしょ?

「インドの植民地化のどこが言語の問題何だとといわれれば、非言語的原因が
近代の登場に必要だという私の思考からこれは近代の内部には無いということ
になります。言語の問題と考えるのが、あえてなのは言語には事実記述的側面
と行為遂行的側面の両方が在るという前提が元になっています。まあ、例えば
ナショナリズムが典型でしょう・・・」

この文のどこが論理的に明瞭であるかはわからんし、どこからどこまで留保
なのかもわからん。前提されてることにせよ文脈にせよ、不親切であるし、
不明瞭だと思う。>>271と対照すんのめんどくさいからもうしないが。
それに前に植民地国家アメリカの話しのときにも質問したが
それにも答えて無いよね。
真剣な答えがどっやってできるかって?そんなの知らんよ!自分で考えろ。
自分で問題化したんだから責任をとるだけのことだよ。
もうね、こんなのが続くとおれもむなしいから止めます。むかつくからいう
んだけどね。もう一連のやりとりでいかに94さんが体を張って無いか
がよく分かった。おれはちゃかしながらも本気で問いかけてたんだが。

273 :ばぶう:04/03/03 13:04 ID:F1BirHP+
知識がないので、勉強させてもらおうと思って読んでいましたが、
なんだかヒドイことになっていますね。

94さん、しっかりしてくださいよ。自説を述べるときは延々と論じておいて、
それに対して補足を求められたら、ご自分の文章と他人の無知のせいにして
知らんぷりっていうのはないんじゃないですか。
伝える意思があるから書き込みをされたんだと思いますが、
言うだけ言ってしまったら受け取られ方には興味がないということですか?
せっかく面白いことをおっしゃっているのだから、
そして意見交換を望むからこそこのような場所を利用していらっしゃるのでしょうから、
ほんの少し視点を変えて有効なコミュモケーションをはかる努力をなさって頂けませんか?

どうも200さんに「ケチをつけられた」的な印象をお持ちのようですが、
客観的に見て全くそんなことはありません。
200さんは、冷静に94さんの論理展開の問題点を指摘しつつ、
真摯な問いかけをされていると思いますよ。

文章的な問題についても、一年生なんだからっておっしゃいますが、
「パンチの効いた様子の」94さんは、立派な大人の方だったじゃありませんか。
それほど読書していらっしゃるのに、論理的な文章が書けないはずはありません。
要は、伝えようという誠意の問題だと思いますよ。

偉そうなことをいろいろとすみません。ただ、せっかく有意義な議論が
生まれそうな場が無駄になるのが、とても残念だと思ったものですから。

274 :ばぶう:04/03/03 13:09 ID:F1BirHP+
コミュモケーション

コミュニケーションの誤植でした、すみません。

275 :名無しさん@公演中:04/03/03 15:41 ID:BimWhLJe
いくらちゃんなんか嫌い!

276 :名無しさん@公演中:04/03/03 19:33 ID:K0s9n9AV
さざえさんも嫌い!

277 :名無しさん@公演中:04/03/03 20:01 ID:K0s9n9AV
さざえさんの髪型が嫌い!いや!好き!

278 :名無しさん@公演中:04/03/04 03:14 ID:bKbC3O8W
それってモーゼル銃調査団のこと?

279 :名無しさん@公演中:04/03/04 13:57 ID:XVaTSxZU
>>275
いくらといえば、イマージュオペラのトラック運転手のダンサーが、股間から
のぞかしていたへんなパンツが、いくらだった。いくらちゃんて、彼のこと?

280 :94:04/03/09 11:05 ID:PdePLFje
 お久しぶりです、生活時間がぶっ飛んでるせいもあって書き込んでませんでした。
少しは、2チャンらしい?書き込みも入ってますが続きませんね。色々、反省してみ
ると、243で書き込んだときに、その直前に書き込まれたいくつかの書き込みに対す
る反応として書き始めたのが、参考に見た以前の100さんの書き込みから思いついた
ことを書くことに途中で意図が変わって、考えながらかいたのが一連の書き込みで
した。おかげでかなり「生の」思考が出てしまっているのが遠因のようですね。た
だ、どの文章でも一定の文脈があって主筋と脇筋があり前後の書き込みとの参照で
論理的に一定のことが推定しうる、てっいうのがこちらの前提だったので、一部の
質問に「ちゃんと読めばわかるだろ!」とぶちきれたところはありました。でも、
そのもともとの書き込みがやばかったてところです。実際、一文字抜けると文の意
味が変わってしまうことがありますから。248の書き込みの3の答えの文で、>現実
的<のあとに「は」とつけるのを忘れているので、極めて意味不明瞭な文章になっ
ています皆さん意味がとれたのでしょうか?元の書き込みが極めて抽象的なのも問
題です。しかし、最大の問題は自分が書いた意図どうりに他人が受け取るという前
提が私にあったということですね。要するに、「批判される」ことは想定しても「
誤解される」ことは想定していない。基本的に「しゃべり」ではそれが隠れても、「
書くこと」はコミュニケーションの不確実性をさらけ出すという認識があって、私
は書くことを忌避し続けたわけですね。実のところ2ちゃんもやはり書くところだと
私は思っています。ただ、現実への対処はまったく甘かったですね。不確実性への
恐怖に耐えられないという意味では、私は子供ですね、その意味では大人の方々が
うらやましいというのが率直な感想です。一度書かれたものが誰によっても(書い
た本人も)どのようにも受け取られあつかわれてしまうというのは理屈では理解し
絶対の前提だとうけいられるけど、現実はきついですね。みなが、私が読む時に当
然と思うように文章を読んでくれないというのが、事実として出ただけでも収穫で
は無いかと思います。

281 :94:04/03/09 12:18 ID:PdePLFje
 というわけで、東京国際芸術祭で観た二つの海外作品の感想です。アドレナリン・
ハートは演出も戯曲も結構良かったですね、最後にぴたっと落ちが付くのが最大の不
満ですが、私が気になるのは日本語でこの戯曲を上演するとどうなるか。さらにはこ
ういう貶し言葉でなくまともな上演が日本で可能なのかです。前の三つとは比べる気
にはなりませんが。
 「ロメオとジュリエット」は困りもんですね、ともかく中途半端としか言いようが
無い。せっかく東欧から来たのだから徹底的に悪意に満ちたものを期待していたが、
そういう徹底性もないし、「アメリカを内面化してしまった東欧」という売り文句が
まるで効果的に現れていないし、演出と脚本に問題大いにありです。アイロニーとい
うのはかなり徹底していないとまぬけですから。唯一つ対立する両家がそれぞれとチ
ェコ語とスロヴァキア語で話していたと知った時は驚いた、それで落ちが理解できる
という以上に、あの場の(要するにチェコスロバキア以外の)観客は誰も知りようが
無い仕掛けが使われていたというのは、最高の悪意かもしれません、なら他の演出が
あったでしょうが。同じ、古典改作といっても「アル・ハムレット・サミット」の徹
底した考えつくした構造改変と古典や演劇に対する距離の明晰化(何で日本や中東で
、シェイクスピアが古典として扱われるかってことまで射程に入っていること)など
と比べると新しいヨーロッパ(ラムズフェルド)のだめっぷりが出てましたね、おお
よそ西欧(演劇)の歴史の中にいるという文脈での最後の演劇を作ろうとしたH・Mを読
んで出直してくださいといいたいです。
 なお、ここ数日は家で寝込んでる状態で久しぶりの書き込みですが凄い時間潰して
書き込みました、なんか今後の書き込みをどうすべきか考え直したほうがいいという
のがいまの感慨です。(単に疲れたんです)。

282 :名無しさん@公演中:04/03/09 14:12 ID:/ZkGewyx
やがて終わるだろう、もう終わりだ・・・終わろうとしている

283 :名無しさん@公演中:04/03/10 17:58 ID:nWgqiIq4
終わったら、94さんが困る!

284 :名無しさん@公演中:04/03/12 21:07 ID:AT6icmot
批評家の海上宏美さんが、図書新聞にフェス評を載せられてます。
またdie pratzeでは、フェスの後記事を載せた新聞(?)が出ています。
あと、カットインというフリーの批評ちらし(?)では、荻野哲也さんが、
また七つ寺共同プロデュ―スの批評紙では森下貴史さんが評を発表されています。
あと、西堂行人さんの評についてはすでに触れられましたね。
もうこのスレ見るひといなくなったかな?
とりあえず情報でした。

285 :情報:04/03/12 21:18 ID:AT6icmot
あと佐藤信さんがなんとブレヒトの三文オペラを演出されます。
2004年の日本のブレヒトといわれた方の、ブレヒト演出は
いろんな意味で楽しみです。
あとこのフェスの母体となった会議は現在も続行しており、次回は
3/28(日)5時より江古田ストアハウスにて開催されます。
たまたまこのスレと出会った方も、ぜひ気楽におこしください。
なんにせよ議論する場、そして議論は時に不毛でありながらも、やはり
有益でもありえます。ちなみにこの会議はほんとに誰でもきていいので、
ちゃんと会費の500円さえ払えば、そして空気を破る勇気さえあれば
誰しも語る権利があります。もちろん議論は応答ですから、応答する
義務もあります。(すみません、なんか余計なこと書いてしまった)

286 :HM/W会議2004HPアップ:04/03/17 03:19 ID:vNhhrdLJ
285さんが紹介してくださっていますが、HM/W会議は現在も続行しています。
で、以前の(現行の)フェス宣伝用のHMWホームページが、今月一杯で閉鎖されることになったので、新しく、HMW会議に拠りそう形で新HPを作る事になったんです。
現行のHPは、ほんとにフェス宣伝用、という感じで、きちんとプロに製作を委託したとかで、とても凝った立派なものになってますが、今回は会議のサポートメンバーがボランティアで作ったのでかなり素朴です。
しかし、そのかわりまめに更新し、さまざまな文章情報もかき集めていきたいという発想をベースにした設計となってます。
掲示板も設置しました。
ほんとは、是非ここの熱気をそのままその新HPの掲示板に移してしまいたい(笑)。
ここのURLの紹介もしたいし、過去ログとして保存すらしたいくらいです。が、それらは難しいんですよね?(2ちゃんのルールやマナーには疎くて…)
そんなことも含め、ここにいらしている方々には、是非覗いて欲しいですし、出来たら掲示板に書き込みもお願いしたいです。
とりあえず、URL紹介しておきます。
http://www.oxna.net/hmwtop.html
<A HREF="http://www.oxna.net/hmwtop.html">HMW会議ホームページ</A>  
HMW会議そのものと共に、利用してくださると幸いです。


287 :286:04/03/17 03:27 ID:vNhhrdLJ
そうそう、284さんの紹介されているもののうち、
>die pratzeでは、フェスの後記事を載せた新聞(?)が出ています。<
この、ハイナー・ミュラー/ザ・ワールドレポートと(現在は一部分のみ。近日中に全文アップします)
>批評家の海上宏美さんが、図書新聞にフェス評を載せられてます。<
こちらも手配して、載せてあります。
>あと、カットインというフリーの批評ちらし(?)では、荻野哲也さんが、<
>また七つ寺共同プロデュ―スの批評紙では森下貴史さんが評を発表されています。<
これらも載せたいなあ…。


288 :名無しさん@公演中:04/03/18 02:30 ID:il0p8xvA
すごいですね!NEW HPは!なんかこんなまじめな(いい意味で)ひとたちが
日本にいるんだ。わたしもなんか書きたいことあったら書くようにしますね。

289 :286:04/03/20 23:56 ID:MjE/4gpi
>288さん
どうも。普段自分が不真面目で、ああ、誰かこんなことこんな感じでやってくれねえかなあ、と思っていたように作ってみました。
もちろん誰もがそう思ってるわけじゃないでしょうし、勝手に入れ込んじゃって、白けてしまう人も内外に出てくる可能性もあるんで、恐る恐るやってますが。
まだ書き込みないようなんで、是非お願いします(笑)。
まあ次の会議終ったら少しずつ、あるかな?
あれからまたちょぽっとリンクなど増やしました。
あと、これもHPに書いてありますが、28日の会議から、各劇団の公演についての意見交換、という企画が始まります。
第1回は錬肉工房と東京(n-1)の2つ。
最初ということで今回は2つですが、次からは4つくらいやろうかという話です。
http://www.oxna.net/hmwtop.html

290 :94:04/03/21 07:15 ID:T0+miFWk
 書き込めなくて困っているうちに、少し書き込みが増えました、私は水曜に「ミシ
ン」という舞台を見ました、ブレヒトを使ってとても面白かった。とりあえず。

291 :200:04/03/21 15:34 ID:AUClB1WD
94さん、なんか一気に大衆になったねえ。なんかバリバリ在野の貧乏学者の勢い
が、突っ込みで去勢されちゃったみたいね。あるいは、どうやらこのスレでの書き
込みが始めてみたいなことだいぶ前に書いてたから、いままでたまっていた語る欲望
が一気に噴出したのだね。それで、満足しちゃったんだね。なんか一人の人間の人生
が94さんの場合、ここの書き込みに圧縮された感があるね。ちなみに前の消耗戦は
もうやる気はないけど、というか見守るしかないからだけど、あれだけ暴走したあとで、
なんか幼児期に退行したがごとく、「とても面白かった」デスみたいな、三輪車に乗って
ゆるゆる来られても、こまるなあ。94さんの場合、すでに94という番号は固有名
なのだから、暴走する必要はないけど、せめて自転車くらいは乗ろうよ。いかに
面白かったの?

292 :200:04/03/21 16:05 ID:AUClB1WD
「ミシン」は私も見たけど、小気味よく、とくにコンテンポラリーダンスの
最近の美術的成果をまとめたもので、たしかによい作品ではありました。
だが、演出家によれば、ぎりぎりまで削減された身体の機能美を提出したい
とか言ってたけど、私にはそれを認めることはできなかった。あの女優が
どんなにエライ人か知らないけど(太田省吾さんのところにいたというだけ
じゃないのか)、台詞あるいは発話に依存せず、むしろ身体のみで語るあるいは
示すというときに、あのちらほらと表出される「演技のコード」はじつに
耐えがたいものでした。せっかく構成なり美術のアイデアなりの質が高いのに
あれはないでしょ。何度か途中で出ようかなとすら思った。
なぜ日本ではかくも「演技」がサムイのか。なぜだれもそれを指摘しないのか。
演劇を学生のときに見てアレルギーを持ってしまったひとは私だけではなく、
山のようにいると思うが、なぜ例えば小津安二郎の映画のなかの俳優なりの
演技がかつて達成されたのに、今日の舞台ではそれがなかなか見ることができないのか。
日本のアングラ演劇は実際見ることはできなかったから分からないが、ああして
痕跡と思われるコードを見たり、あるいは唐十郎さんの舞台を見たりして推測
するのは、唐さんやほかの少数のすさまじいひとが出たあとで、それが模倣
され反復されるうちにあるコード、型を産みだして、それを踏襲して、堕落
していった果てが、今日の演技イデオロギーではないか。

293 :200:04/03/21 16:34 ID:AUClB1WD
つまり「特権的身体」がかつてあったのは確かだと思う。麿赤児さんの現在の身体
や、あるいは彼の師匠でありまた唐さんの師匠でもある土方巽さんの映像や、あるいは
当時の写真などにも見ることができるある特別な雰囲気などから察するに、あの時代
に、なにかとてつもない磁場が形成されており、身体の強度も、いまとは全く次元
を異にするものであったのは了解できる。問題はかれらの第二世代における受容
の仕方が、じつに安易で表面的ではなかったかと。かといってもうあれは再現できない
でしょう。あれは時代あるいは社会全体がそのような力の渦を形成してたからのこと
でしょう。とはいえ再現できないとはいったものの、これは無根拠です。もしかしたら
可能なのかもしれない。もしかしたらずっと簡単なことなのかもしれない。
かれらはそれまでのコードに抵抗し、逸脱していった。とすれば、我々も、本気で
抵抗すれば、あれに類似するようなことが、反復しうるかもしれない。
あのころは「新劇的なるもの」が敵であった。いまもそうした保守は健在ですが、
むしろアングラ保守というか、前衛の保守というかな、革新性あるいは実験性
への自己撞着ないし自己模倣もまた保守主義になっていやしないか、ともいえる。
出尽くした感はあるけど、でもそれはいつだってそうだったんじゃないか。
歴史社会史的視点からすれば、ある様式が誕生し、その自己模倣の時期が来て、
収縮していくのは、むしろ必然とすらいえる。であればこそ、ミシンでも引用されて
いたように、古きよきものではなく、悪しき新しいものを求めなくてはならない。
でもま、大変だな。笛田宇一郎さんがいうように、今日の助成金制度という名の
検閲システムのなかではね。でもミュラーはどこかで、書き直しはしなかったと
いってた。仮に社会のシステムがどれほど最悪でも、ひとは書ける、のかもしれない。

294 :100:04/03/21 23:44 ID:FnZCz71/
 久しぶりの書き込みです。
 「ミシン」とはどんな上演だったのでしょうか。ARICAというグループ、安藤
朋子が出演している作品ですか。安藤朋子のソロだったのですか。テクストは倉
石信乃ですか。
 前作の「パラシュート・ウーマン」と似ているのでしょうか。どちらも私
は見ていません。「パラシュート・ウーマン」については「舞台芸術」で内野儀
氏が批評を書いています。私は作品を見ていないのですが、内野氏の批評には賛
成できないものがありました。「ミシン」を見た方はその批評を読まれているで
しょうか。「パラシュート・ウーマン」はチラシの言葉を読んだとき、これは良
くないと思ったことを記憶しています。記憶内容の半分忘れていますが、これは
ポルノグラフィーだと思ったと記憶しています。ポルノグラフィーなのに、現代
思想の言葉で装っていると。ポルノグラフィーだから良くないというのではあり
ません。それを現代思想用語で装っているから良くないと感じたのでした。皮肉
を込めていえば、それが正しい現代思想用語の使い方なのかもしれませんが。以
上作品を見ていなはい私の印象に過ぎないので、内野氏の批評を含め、「ミシ
ン」の話題が載ったので、これについて議論できればと思いますが、いかがで
しょうか。内野氏の文脈でいえば、HMと関係ない、ということはありません。む
しろ関係付けられています。まずはいろいろな情報を教えてください。


295 :100:04/03/22 02:05 ID:zO4Lb9bg
内野氏の劇評が載っているのは「舞台芸術」05号<劇場と社会>特集です。
以前、アヴィニョンフェスのことで話題にしたボードリヤールの論考
「スペクタクルの自殺者たち」も載っています。

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