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ハイナー・ミューラー/ザ・ワールド

1 :名無しさん@公演中:03/10/22 19:28 ID:BE0EOAhE
今週末から一作目公開。
通し券買った人いますか。

124 :100=U、続き:04/01/01 20:56 ID:ihDAsE+m
>119
>でも実際には、様々な解釈に対して価値判断が付与されてる気がするんです。
内実が無くても、制度上、価値判断していることになるのではないですか。
たとえば、年功序列という価値判断が経済成長下で共有されてきましたが、
それが失効しつつあるわけですね。私はそれを「物語」と言ったのですが。
にもかかわらずヒエラルキーがあるようであり、価値判断がある、というのは、
演劇業界や批評家業界や大学業界や土建業界などの業界がどこにでもあり、
既得権益をそれぞれの業界内で守ろうとするからではないですか。
HM/Wの制作を担当したOM-2のMさんは、HM/Wの会議で自分たちの制作技術の
既得権益を守りたい、という主旨の発言をしていました。
国民国家の既得権益を国益というのですね。こうした既得権益が
価値基準として私たちの判断の背後に控えてはいないでしょうか。


125 :100=U、さらに続き:04/01/01 20:58 ID:ihDAsE+m
>119さんのいう、価値の並列、あるいは上下について、別の角度から
書きます。
芸術文化、精神文化は常に政治の象徴劇であるという側面をぬぐい去る
ことができないのではないでしょうか。芸術文化が政治から自律/自立し
たと言われているモダニズム以後は、逆に政治と芸術の相互規定、現代
では芸術と経済の相互規定がかえって強まったとも考えられるわけです。
そうなると、民主主義と芸術文化という関係なども考えざるをえなくな
るのではないでしょうか。
たとえば、アメリカ帝国化=グローバリゼーション化における民主主義を
考えてみると、民主主義下ではそれぞれの自由な価値判断は許容されおり、
私たちの解釈や判断は並列しているようでもありますが、アメリカ化を
拒否したりすることは許されず、拒否すれば容赦なき攻撃が加えられます。
さらに別の角度から考えると、上演に対して、観客であるこちら側が解釈
するわけですが、それは経済活動、消費活動に置き換えてみれば、買う側
であり、消費する側とも言えます。私たちは善し悪しを吟味せずに商品を
買うでしょうか。あるいは単に安ければ買うのでしょうか。これらが私たち
が日々行っている足下の活動です。
これらの論理ならざるようにみえる論理とは異なるものとして演劇や芸術
を位置づけようとする欲求があるのはわかりますが(たとえば、並列であり
たい、解釈は自由だ)、こうした芸術への欲求が、仮に経済活動、消費社会
という足下のことを考えさせないように奨励されているとしたら、どうで
しょうか。芸術文化に対する助成金の性質には、このような面はないでし
ょうか。
あるいは逆に、価値基準がを持ち込もう、賞を作ろう、という考えもあります。
HM/W内ではそういう動きもあります。
結局、並列で解釈自由ということと、価値的なヒエラルキーはあるというこ
との両立、両義性が常にあり、それが資本主義における物事を規定している、
ということになるのではないでしょうか。
そうすると私たちはどうすればいいだろう、という場所で思考せざるを得ない、
ということになると思いますが。

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